2012年12月23日日曜日

信貴山 大本山 千手院

平成24年12月23日
信貴山千手院大阪分院

信貴山千手院にて、毎月第3日曜日の「多聞会」で2時間お話をさせていただいてきました。テーマは、東寺に伝わる重文の「弘法大師絵伝」で6回シリーズでした。そんなご縁のお陰で、このほど「大阪分院」の院主を委嘱され、来年より本格的に活動することとなりました。千手院の一員となりましたので、早速12月2日の「大根炊き法会」では柴燈護摩のお手伝い、16日の「多聞会」でも柴燈護摩の導師を務めました。18日は、分院の托鉢日とかでお仲間に手伝っていただいて、南大阪線矢田駅の周辺の商店を廻りました。10数件の浄財は、20日に平野区役所にお届けしました。
大阪分院には、護摩堂がありますので、毎月第3土曜日の午後から護摩供を行います。ぜひお越し下さい。また、お披露目を兼ねて、1月26日(土)午後から法要の後「こんにゃく」をふるまいます。よろしければ、ご参加ください。最寄り駅の地下鉄谷町線「喜連瓜破」より徒歩15分、近鉄南大阪線「矢田」より徒歩25分のところにあります。千手院のご信者様がご寄付された平屋住宅を、改造したものです。合掌

大阪市平野区瓜破西3丁目6ー22 
信貴山千手院大阪分院
 院主 田尾秀寛
ご連絡は携帯に 090ー2351ー3927

読売奈良 高野山御礼参り 天理発

平成24年12月22日

金剛三昧院山門より本堂を望む
いつもは西大寺から乗車するのだが、今回はお礼参りとあって集客ルートが逆になる。東生駒~JR奈良~天理という訳だ。天理のお客様は、いつもと違ってスタートが遅いので、かえって感が狂っている様子。31名のお客様に聞くと29名の方が和尚と一緒だったことがあるとのこと、和気藹々とした雰囲気で8時10分に出発だ。9日の高野山は雪で大変だったので心配したが、問い合わせると雨で雪はないという。まずは一安心。バスは2台、和尚の1号車の方が、少し遅れて走っている。高野山中腹の花坂ドライブインまで、一気に走り10時頃到着。霧雨の中、記念撮影。
ガイドは、女性で声が良く通る。和尚は最後尾を歩く。御廟、地下法場とお参りし、一の橋観光センターでお買い物タイム。バス通りから昼食会場の金剛三昧院まで歩く。13時頃の昼食となる。森下商店の胡麻豆腐を求める人が多いので、集合場所を店頭近くにした。昼食後、お軸やお念珠の仕立てを済ませた方は、国宝の多宝塔や本堂の愛染明王をお参りし、集合地点へ。
濃霧に包まれ小雨の中の金剛峯寺、山門の屋根の下でお参り。一年間の四国遍路を思い起こしてか涙ぐむ方も。花坂ドライブインに立ち寄り、天理へ。天理で下車するお客様と、バスを見送る。お互いに手を振り感慨深かげだ。和尚と天理で降りた添乗員は、西大寺駅ナカの「豊祝」に向かう。2号車の先達と合流し、軽く打ち上げのためだ。満願の皆様1年間お疲れ様でした。合掌

 高野山にて  年の瀬に お礼参りの 笑顔かな

2012年12月15日土曜日

第7回 近畿三十六不動尊巡り

平成24年12月14日

安岡寺弘紹不動尊
伊賀・大和巡拝の会のお不動さん巡拝も七回目、天候にも恵まれて皆さん元気一杯だ。いつものように、和尚は最寄りのバス停から最後に合流させていただく。朝のお勤めを終えると、皆が持ち込んだ「おやつ」が分配される。まずは、23番醍醐寺に向かう。本来は上醍醐の五大堂にお参りするのが本筋だが、通常は金堂脇の不動堂にてのお参りだ。せっかくなので、真如堂や観音堂などの参拝をすすめる。観音堂はかっての大講堂で、焼失した上醍醐のお堂に変わって西国礼所となるもの。和尚も初めて拝観させていただいた。ついで、高槻の12番安岡寺へ。「やすおかじ」と発音するきらいがあるが「あんこうじ」と読む。本堂に上がってのお参り、本尊は如意輪観音で、左に不動尊、右に愛染明王の配置。境内に柴燈護摩の一角があり、不動尊石像が頭から滝のように水を注がれながら祀られている。遅めのお弁当をいただきながら、豊中の8番不動寺に向かう。住宅街の丘にあり、バスでは近くにいけないのだが、和尚は下見の時に「通行許可書」の写を頂いていたので、活用させていただいた。一見すると、3階建ての洋館だがこれが本堂。上がらせていただいてお参り。15時になっていたがもう一ヶ寺と、添乗員が生駒の29番寶山寺に電話すると、16時までだが待っていてくれると云う。近畿道~第2阪奈と走り、15時50分に駐車場にたどり着いた。石段を上がり本堂で片付け中の係りの方に尋ねると、「ロウソクも線香もどうぞ」と言っていただいた。「時間だから『運心』で火の気はやめましょう」と伝えていたので、皆大喜び。新春用か巨大なしめ縄が、境内にお披露目されている。なんだかんだで、少しづつ多めに廻ってきたので、2月分は済んだことになる。1月28日の初不動の日に大阪市内の5ヶ寺を廻ると3月の高野山2ヶ寺で結願となる。ありがたいことです。合掌

 寶山寺にて  しめ縄の 納められたり 暮れの寺

 

2012年12月13日木曜日

逆打ち7回 45~41番 守口発

平成24年12月11~12日

明石寺の夫婦杉
久しぶりに守口からの乗車、お客様は31名。8時20分過ぎに出発、近畿道~山陽道を経由して瀬戸大橋にて四国に入る。2回ほど休憩を取り、松山郊外の砥部焼陶芸館到着が13時40分。砥部焼の窯元が集まっての直売場というところか。いよいよ45番岩屋寺に挑戦。なにしろお四国のバス遍路では最大の難所で、30分は通常でも歩かなければならない。前日が今冬一番の冷え込みと聞いてはいたが、参道は全くのアイスバーン状態、足元が滑ってまともに歩くこともできない。手すりを頼りに登ってゆく。「無理をしないで!」といってはおいたのだが、お互いに助け合って、全員登りきった。納経所で、仏教稲門会の先輩である大西住職にご挨拶。お参り後の下り道が、上りより大変だった。麓の「一休館」で生姜湯のご接待を受けて温まる。予定より時間がかかってしまったので、44番大宝寺の納経時間が心配になってきた。いつもの進入路は、凍結の恐れがあり、国道から迂回する。駐車場に16時40分着、添乗員が納経所へ走る。お客様と山道に向かうが、やはりアイスバーン状態。手すりもないので、黒く地肌が覗く部分を選びながら、ソロソロと歩むが、日暮れと重なり危険極まりない。なんとかバスに全員が戻ったのは17時35分。冷や汗ものの一日だった。お宿はホテル奥道後、かけ流しの温泉で疲れを癒す。
12日、7時30分出発。松山道を南下するが、松山から大洲の間は強い雨。長いトンネルを抜けて西予に入ると一転して雪景色だ。西予宇和~宇和島北の間の高速道路は雪で通行止めとなった。43番明石寺は雪の中のお参り、新雪で凍るところまで行っていないので、まだ歩き易いのが救い。大師堂前の夫婦杉の下に集まり、雪を避けてのお参り。42番佛木寺に向かうのに、歯長峠越えをするのだが、危険というドライバーさんの判断で、国道56号線を南下する。雪は雨に変わり、宇和島に近づく頃には、晴れ間が顔を出した。42番佛木寺、41番龍光寺と打って12時15分打ち止め。龍光寺参道の「風月庵」のお饅頭が人気だった。昼食はハイウエイレストラン「宇和島」。石槌山、吉野川のハイウエイオアシスや淡路SAで休憩を取り、守口着20時前。とてもスムースに帰ってこれた。大した怪我もなくてホッと一安心。和尚もこんな天候は初めての経験、アイゼンを用意すべきだったと反省。合掌

 岩屋寺にて   凍る道 手すり頼りに 登る寺

 明石寺にて   新雪を 踏んで本堂 千手さま

         錫杖を 持つ手凍らす 師走雪

伊予路にて    雪や雨 のちの青空 伊予路かな


2012年12月10日月曜日

奈良読売 西国御礼参り 高野山

平成24年12月9日
金剛三昧院の多宝塔

桜井から八木、橿原神宮前などで集客して五位堂駅に至る和尚にとっては、ありがたいコース。
8時30分集合とあって朝もゆっくりだ。目覚めてみると、車の屋根に雪が積もっている。昨夜は、結構降ったらしい。駅の駐輪場のおじさんの話だと、奈良地方は例年より10日早い冠雪という。
42名のお客様と高野山へ向かう。山麓線から京奈和道というルートだが、御所を通過するあたりから雪が降りだした。だんだん激しくなり、視界も悪くなる。ドライバーさんは、チェーンを巻くタイミングを考えている。山の中腹の花坂ドライブインまで走り、降りてくるバス等を観察すると、なんとかチエーン無しで大丈夫との判断。しかし、ノーマルタイヤで立ち往生する乗用車も。奥の院前の駐車場にたどり着くと一面の銀世界。石畳の参道は、足元が不安定だ。御廟で参拝を済ませバスに戻るのに、1時間半ほど用した。一の橋観光センターで買い物を済ませ、ようやく昼食。会場の金剛三昧院への参道は、雪が積もりバスは危険とガイドの弁。やむなく、表通りから雪道を踏みしめながらゆっくり登ることに。金剛三昧院の国宝の多宝塔の雪景色が素晴らしい。本堂の愛染明王も拝ませていただいた。14時集合ということで、表通りの森下商店に生胡麻豆腐を買いに行く方も。点呼をして金剛峯寺まで歩く。雪が舞うので、山門の屋根の下でお勤め。山下りは、危ないとドライバーさんはチェーンを装着。気温はー3.4度。だが、下るに従って青空も見え、路面の雪も消えた。花坂ドライブインの休憩時にチェーンを外す。桜井まで帰るお客様のこともあって、当麻の道に駅でトイレ休憩、17時前に着いたので、お店も営業中。和尚は白のソックスを買い求めた。地元の特産なので、超格安なのだ。ご接待いただいたコンニャクのおでんも美味しかった。合掌

 奥の院にて   冠雪や 御礼参りの 奥の院

         満願の 雪踏みしめて 奥の院

 金剛三昧院にて 冠雪の 屋根輝けり 多宝塔

2012年12月6日木曜日

逆打ち11回 22番~12番 堺発

平成24年12月4~5日

平等寺本堂への男厄坂
逆打ちの11回目は、22番平等寺から12番焼山寺までの11ヶ寺を廻る。泉ヶ丘~三国ヶ丘~堺と集客するコースで、和尚は堺集合7時50分に合流。和尚とアシスタント及びお客様が6名乗車、お客様は総勢43名。スケジュール表では4ヶ寺だが、できればもう1ヶ寺廻っておきたいところだ。高速道路もスムースで、淡路島の室津PAまで1時間半ほどで到着した。徳島トクトクターミナルでお弁当をpick  up、22番平等寺には11時15分にたどり着いた。本堂まで男厄坂を一気にのぼり、お勤め。本堂にはかっての箱車などが置かれている。このお寺で御蔭をいただいて歩けるようになった遍路が使用していたもので、不要になって奉納したものだ。下りは、女厄坂を通って大師堂へ。白水の霊水を汲む方も。21番太龍寺に向う車中でお弁当、12時20分発のロープウエイで山頂へ。天気は良いが風が強いとあって、鉄塔を通過する際には徐行運転だ。昨年の台風6号の強風で折れた巨木が本堂を直撃し、修理中で仮本堂でのお参りとお客様に伝えていたが、なんと今月1日より使用開始とか。修理の跡も生々しい本堂で、久しぶりに声を張り上げる。13時20分発の下り便で山麓駅へ。20番鶴林寺へのルートは、道幅が狭く、何度もバスはバックしての離合を強いられる。「今日はついてない」とドライバーの声。39番延光寺で、笈摺の背に「亀」の朱印を頂いた方は、ここで「鶴」の朱印をいただく。縁起良く「鶴亀」がセットになる。19番立江寺の見所は「お髪堂」の黒髪だ。夫殺しの「お京」の黒髪が本堂の鉦に釣り上げられ、懺悔すると頭の表皮もろとも剥げ落ちたというものだ。大師堂に掲げられた「不闕日々影向 検知処々遺跡」の言葉と由縁について説明する。ここまでで16時10分、10番恩山寺には余裕を持って参拝できる。打ち止めは16時50分。お宿は、徳島駅前の「昴宿・よしの」、小ぢんまりとした和尚の好きな宿の一つ。数年ぶりの宿泊だ。
5日7時45分出発。8時出発で良いと添乗員は思っていたようだが、ドライバーさんの一言で早めに出た。これが大正解。我々が僅かの差で一番乗りで、終日順調に進行できることになったのだ。17番井戸寺は、弘法大師の「面影の井戸」で名高い。前日から、空きペットボトルを用意しておくように話しておいたので、皆さん用意万端だ。和尚も加持水としていただいた。16番観音寺からは、歩き中心のお参りとなる。15番国分寺近くの駐車場にバスを停め、国分寺へ。国分寺から14番常楽寺まで歩き、また駐車場まで戻ってくる。2ヶ寺のお参りに1時間半ほどかかった。13番大日寺も駐車場から歩く。本堂の柱に貼り付けられた「横綱大鵬」の千社札の文字が、だんだん読めなくなってきている。神山温泉の「ホテル四季の里」での昼食。寒い日とあって、暖かいお料理はお客様に大好評だ。打ち止めの12番焼山寺は「へんろ駅」から2台のマイクロに乗り換えて山頂の駐車場まで。途中に遍路の元祖と言われる「衛門三郎」の終焉の地「杖杉庵」がある。空海に詫びを入れようと追いかけて20周するもかなわず、逆打ちをしてようやく会えたのがこの地、今度生まれ変わるときは国司の家にとの言葉に、空海は「衛門三郎再来」と石に墨書し握らせて葬り、墓標に金剛杖を用いた。その杖から根が張り大木になったので「杖杉庵」というとか。その墓は石塔となり、杉の大木も2代目らしい。伊予国荏原庄の国司・河野家に男児誕生、握った手を開かないため、安養寺でご祈祷してもらうと、開いた手から件の石が転がり出た。この子が衛門三郎の再来と、その奇縁に安養寺は「石手寺」と改名。そんな伝説があるのだ。駐車場から本堂までの参道には、布袋さんが出迎え、十三佛の石像が居並ぶ。境内には、樹齢数百年の巨木が立ち並び、見事に霊域を演出する。「へんろ駅」に戻り、地元手づくりのお土産に群がる。和尚は、すだち酢と生椎茸だ。14時半、出発帰路につく。淡路SAで休憩して一気に堺へ。18時着、素晴らしく感激的にスムースだった。これも、朝15分早く出たお陰とドライバーさんに感謝。
翌6日の朝、和尚の携帯が鳴った。昨日のお客様のご婦人からだ。もともと海老のアレルギーがあって、長らく海老は食していなかったのだが、昨夜の夕食に出された海老フライを食べてしまい、アレルギー反応が出たという。歯茎が腫れてしまい、痛みと不快感で我慢できなくて、井戸寺の霊水を淡路SAで飲んだところ、帰宅する頃には、症状がすっかり消えてしまったというのだ。本当に霊験灼かと大喜び、和尚もびっくりだ。合掌 
南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛

 阿波路にて  寒風の 吹き通るや 阿波の里

 鶴林寺にて  白鶴の 守りし地蔵 冬の寺

 井戸寺にて  ありがたや 弘法の水 冬遍路

2012年11月29日木曜日

第6回 近畿三十六不動尊巡り  京都

平成24年11月28日

三千院のお庭
大和・伊賀巡礼の会の第6回目の不動尊巡り。今回は大原の里・三千院、曼殊院、聖護院と回るコース。8時40分、和尚の自宅近くのバス停で拾ってもらい西名阪~近畿道~第2京阪で京都へ。
お客様は24名、中型バスで程よい人数だ。17日の下見の時は雨模様だったが、今日は快晴。紅葉も見頃とは、TVの報道だ。三千院の駐車場にも多くのバスが集結している。呂川に沿って並ぶお店を横目に坂道を登る。書院からお庭を拝見して、阿弥陀堂から金色不動堂へ向う。28日は不動尊の縁日とあって、護摩供養が11時から勤修されている。丁度、終わり頃にたどり着き、護摩講の方と入れ替わるように入堂しお勤め。沢山の観光客が来ているが、ちゃんとお勤めしているのは、我々だけだ。曼殊院は、参道が狭くてバスは入れないので、白川通りから20分ほど歩く。紅葉の鷺森神社を抜けて行く。曼殊院に入ると、雰囲気が違う。11月26日から12月3日まで特別拝観というのだ。下見の時には、そんな予告もなかったのにと思っていたら、なんと12月3日の午後に天皇皇后両陛下の行幸があるというのだ。そのため両陛下にご覧いただくべく、特別展示になっているという。ありがたいことに、国宝の「黄不動尊」軸を間近で拝観し、お勤めすることができた。いつもは複製なのだ。和尚は勿論、予想外のことで皆んなびっくりするやら大喜びするやらだ。聖護院は二階の本堂で、お勤め。先客は3~4名ほど。時計を見ると16時、醍醐寺は16時半までで無理、成田山大阪別院は17時までというので、トライしてみる。第2京阪寝屋川北ICで17時前、電話でお願いすると待っていてくれると言う。15分ほどで到着、本堂でのお参りはできないと聞いていたが、ありがたいことに後片付け中の係の方が、本堂に入れてくださった。なんと幸運に恵まれた一日だった。合掌

 三千院にて  紅葉や 不動も愛でる 三千院

        お不動の 火焔に似たり 寺紅葉
         
        紅葉の 落ちて呂川に 流るかな
     
          
        大原の 不動訪ねて 踏む落ち葉

 曼殊院にて  掌を合わす 不動参りや 京の冬

2012年11月28日水曜日

読売奈良 逆打ち12回 11番~1番

平成24年11月25~26日

藤井寺の紅葉
伊賀上野から近鉄線に沿って集客してくるコース。バスは2台。和尚は橿原神宮前から合流、お客様は36名。8時半に出発、南阪奈道から阪神高速を通るが、3連休の最終日とあって流れは良く、淡路島の室津PAまで一気に走る。11番藤井寺では30畳敷の天井の大龍に感嘆の声。10番切幡寺は、タクシー組と歩き組に別れるが、歩きの方が多い。頑張って「切幡の大塔」(重文)まで登って、眼下の吉野川を望む絶景を楽しんでもらう。9番法輪寺の門前「あわじ庵」に電話を入れ、草餅の予約。これが大正解で、危ういところだった。8番熊谷寺は、駐車場から本堂までの参道が素晴しい。四季を問わないが、紅葉のこの時期も絵になる風情だ。7番十楽寺では、本堂~治眼疾目救歳地蔵~大師堂~護摩堂とお参りする。「救済」ではなく「救歳」としているのは、「歳」に関係なく救うという意味とか。お大師さまは、役者顔の美男子だ。6番安楽寺に到着したが、時間に余裕があるので本堂、大師堂とお参りして宿坊入り。18時から夕食、19時から本堂で勤行。松本明慶の美術館といっても過言でないほど、50体の仏様が集中しているし、20代から60代までの各年代の作品が揃っている。本堂奥に新たに「灌頂窟」が設けられ、灯燭を流れに浮かべ、「くす供養」を行う。圧巻は一丈の阿弥陀仏をお念仏を唱えながら3周する感動的なひと時。2年前の参籠にはなかったので、和尚もびっくりだ。26日、7時半の出発前に仁王門を案内する。明慶らしい、微笑ましい感じがする仁王様なのだ。5番地蔵寺、樹齢800年の大銀杏の幹に触れ、霊気をいただく。お参りのあとに奥の院「五百羅漢」を拝観。コの字型のお堂は、左翼に弥勒菩薩、中央が釈迦三尊、右翼に弘法大師が祀られ、それらの間に等身大の羅漢様が居並ぶ。4番大日寺では、大日如来の御姿やその意味について解説することにしている。また本堂から大師堂にいたる回廊には西国三十三観音が祀られている。江戸時代に浪速の信者さんの寄進によるもの。3番金泉寺の大師堂には、弘法大師一代記を表す絵が掲げられている。それを説明し、「黄金井」「閻魔堂」とお参り。2番極楽寺の本堂と大師堂の間に鎮座する石の地蔵様は、「抱き地蔵」。一人づつ順に抱き上げ、御真言を唱えご祈願。大師お手植え、樹齢1200年超の「長命杉」の霊気をいただく。いよいよ結願の1番霊山寺。記念写真を撮る。丁度正午頃に打ち止め。「阿波の里」で昼食、帰路車中で「いろは歌」の解説し、CDを流す。帰りも湾岸線から堺まわりで神宮前に17時前着。25日か快晴、26日は一転雨模様。予想よりは、雨も少なく皆様の日頃のご精進のお陰。合掌

  十楽寺にて  照る夕日 秋桜畑 寺の前

  地蔵寺にて  我が友に 似たる羅漢や 阿波の冬

2012年11月15日木曜日

秀寛和尚と巡るお四国遍路の旅 第8回讃岐

平成24年11月11日~14日
三角寺の秋の桜

和尚恒例の一国巡りも8回目、つまり2周目の結願・讃岐を巡る。前回、伊予の国の打ち残しが6ヶ寺あるので、都合29ヶ寺のお参りだ。11日、和尚を加えて12名、難波に20時30分集合、南港に向う。オレンジフェリーで、南港発22時、東予港へ。船室は1等で、4人部屋だ。一室に集まって、一杯やりながらの顔合わせと映画「空海」のDVDを鑑賞。この夜の為に天麩羅を揚げて持参するもの、お酒や焼酎やお菓子だとみんな持ち寄っての一時だ。
12日早朝、船内で朝食を摂り、6時過ぎ上陸、60番横峯寺へ。麓から山頂まで、マイクロに乗り換えて登っていく。駐車場は、境内より高台にあるので、行きは楽だが、帰路は結構な上りとなる。61番香園寺、62番宝寿寺、63番吉祥寺、64番前神寺と順調に廻り、65番三角寺へ、。ここも途中でマイクロに乗り換えて山を登る。阪急トラピックスのバスが2台、先着していた。馴染みの先達仲間に声を掛ける。境内には、皇帝ダリアが花を付け、なんと桜が咲いている。春と秋と年2回咲くという珍しい桜とか。66番雲辺寺からが、讃岐のお寺だ。ロープウエイからスキー場が見える。営業は12月中旬からとか。そうなると、お遍路さんとスキー客とが同乗するという面白い光景になる。お参り後、毘沙門天堂に案内する。先日初めて訪れて気に入ったからだ。67番大興寺と回って打ち止めは、観音寺。68番神恵院・69番観音寺は、同じ境内に二つの札所が同居している。駐車場への進入路を工事していたが、ほぼ完成状態だ。ちょうど17時に打ち止めし、お宿の75番善通寺いろは会館入り。地元善通寺一高の同級生が訪ねてくれた。みかんと柚の差し入れ。温泉に浸かって疲れを癒す。
13日、5時過ぎ起床、6時から御影堂でお朝事に全員参加、真言僧は、内陣にと案内され、勤行次第の説明を受ける。樫原法主のご加持、法話の後、お勤め。三国伝来の錫杖でお加持を受け、お大師様に焼香。少し足に応えて、ズッこけそうになった。戒壇巡りしてから朝食と云われ、客僧が3名先頭を切ったところ、なんと電気が赤々とついている。いつもなら真っ暗な中を手探りで歩むのだが、御蔭で、壁面に描かれた菩薩像の数々を鑑賞することが出来た。役僧に電気が点いていたよと囁くと慌ててスイッチを切った。後でメンバーに聞くと先頭が入る前に暗くなったというから、なんとか間に合ったようだ。朝食後の記念撮影に樫原法主が入ってくださり、握手をしてくださったものだから、皆大喜びだ。金堂をお参りしてから70番本山寺へ。71番弥谷寺も途中までタクシー利用、しかしそこから本堂まで300段以上の階段が待っている。山門前の俳句茶屋に電話を入れて「草餅」を、人数分頼んでおく。和尚は帰路は、タクシーに乗らず、俳句茶屋に寄って草餅を引き取り、皆にご接待。73番出釈迦寺、72番曼荼羅寺、74番甲山寺と廻りようやく昼食。第4回の時と同じくさぬきうどんの「香の香」、釜揚げうどんにちらし寿司の定番。お替り自由とあってほとんどがお替りだ。3杯平らげた豪の者も約1名。やはり釜揚げが一番だ。76番金倉寺から77番道隆寺に着くと、急に大粒の雨に雷、面前の「サンエイ」で一服させてもらう。78番郷照寺、79番天皇寺、80番国分寺は、雨模様。逆打ち記念で讃岐の札所が光明真言の散華を配布しているのだが、その台紙と額縁を国分寺で買い求める。(2500円)和尚につられて何人かが同調。17時打ち止め、お宿はロイヤルホテル高松。夕食のバイキングを楽しんでいると、さぬき市の櫻谷先達と東京からの歩き遍路が来訪、久しぶりの顔合わせだ。夜は「九字切り」の講義。いささか飲みすぎた感あり。
根香寺の牛鬼と紅葉
14日朝食もバイキング、8時出発。82番根香寺、81番白峯寺と五色台の2ヶ寺から打ち始め。紅葉が素晴らしい。83番一宮寺、84番屋島寺と打ってお弁当をいただきながら85番八栗寺へ。ケーブルが出たところで次まで15分ある。駅の係に聞くと、よもぎ餅のお店まで約100m、充分間に合いますというので、駆けつけた。先達仲間のおすすめの店で、事前に頼むと用意しておいてくれると聞いていたのだ。目の前で人数分作ってくれ、今度はケーブルに乗る前に電話をという。名刺を貰って戻ったが、充分間に合った。上りのケーブルでは、「いろは歌」の合唱だ。86番志度寺、87番長尾寺と回って時計を見ると、少し余裕があるので、「お遍路交流サロン」に案内した。打ち止めの88番大窪寺、納経所で住職にご挨拶、結願の証をお願いする。今回で新たに結願が4名、門前の飛猿閣で熱い昆布茶とストーブで体を温める。打ち止めは、16時半。車中で映画「釈迦」のDVDを鑑賞しながら帰路に。淡路HWOで休憩、思ったよりスムースに走れ、難波着20時。「釈迦」の残りは次回ということになった。合掌

 三角寺にて  神無月に 桜の咲くか 三角寺

 根香寺にて  紅の 落ち葉踏みしめ 寺まいり

         根香寺や 滑る石段 濡れ落ち葉

 


2012年11月9日金曜日

小豆島遍路(後半)

平成24年11月3~4日
3月9~11日の2泊3日で小豆島八十八ヶ所を回ったが、打ち残した札所を今回廻ることになった。2日間で、島の西半分37札所を回ることから、新大阪を早朝6時半に出発となり、前泊のホテルの手配はしたものの、結局当日その時間に集合できる方のみのメンバーとなってしまった。和尚は、新大阪駅に隣接して新たに建築された「レム新大阪」いう阪急系のホテルに泊まることにした。たまたま和尚が阪急・阪神・第一ホテルグループのメンバーズクラブの会員であるところから、案内が届きオープン記念価格で宿泊できる上に、溜まったポイントも使えるというのだ。「快適な眠り」がテーマのホテルだ。
今回の参加者は和尚を含めて10名、費用が割高になる恐れで中止することも考えたが、「ハロートラベル大阪」が、中型バスに変えて14人乗りの車を確保してくれた御蔭で、ご案内の料金より安く、3万を割る料金設定が可能になった。(ハロートラベル大阪にも無理をお願いしました)日生港発9時30分のフェリーに乗らなければならないので、途中の渋滞にハラハラしたが無事乗船できた。車中ではご詠歌の練習、「楊柳」と「龍華」の洋楽譜を用意しておいた。船内で早めの昼食を済ませ、着岸すれば直ちにお参りに入る態勢だ。大部港で、島遍路の岩見先達と合流、助手席に乗ってもらい道案内をしてもらう。ドライバーさんも小豆島の出身ということだが、島も相当変わっている様子だ。
79番薬師庵から打ち始め、逆打ち的に57番浄願坊までの16ヶ所を廻った。和尚は風邪気味で、喉に変調をきたしたが、初日は経頭をやり続けた。先達が二人も付いているので、二日目は二人に委ねる魂胆だ。お宿は、春にもお世話になった「旭屋旅館」。ゆっくり食事を楽しみ、お風呂に入ってバタンキューだった。
誓願の塔
4日は、霊場会の総本院よりスタート、2~3人が納経帖を買い求めていた。58番西光寺をお参りし、奥の院の誓願の塔に登ると、眼下に絶景が広がっていた。岩見先達の「30分ほど遅れ気味ですよ」の声で少しピッチをあげる。大阪城残石記念公園にも立ち寄り、昼食はホテルオリビアン小豆島。レストランからの景色も素晴らしい。海鮮丼の食事もボリュウムたっぷりで大満足。食後のコーヒーをお願いしようとすると、フリードリンクで一人300円という。和尚がご接待することに。
いよいよ本日のメインイベント、72番滝湖寺奥の院笠ヶ滝だ。岩肌に設けられた鎖にすがってよじ登って行く。ご高齢の二人は、納札を託して待機。お不動さんにお参りし、下りがさらに大変だった。鎖にすがり、後ろ向きに足場を探しながら降りてくるのだ。ホット一息ついて、寒霞渓へ。野猿や野鹿を見つけ、歓声が上がる。1300万年前の火山活動で誕生した奇岩怪石の渓谷で日本三大渓谷美の一つとか。頂上から見る紅葉は息を呑む。ロープウエイ山頂駅の売店で小豆島の名産を買い込み、夕食のお弁当を積み込んで、打ち止めは80番観音寺。大部港の近くにあるので、時間調整を兼ねてゆっくりお参りをという訳だ。しかも、「うどん」のご接待で有名なお寺。由来では、何度も火災にあったが、その度にお遍路のお力で復興できたので、お礼の気持ちを込めて「うどん」のご接待を始めたとか。数を間違えたのか多く出てきたが、残すわけにも行かず和尚は二人前いただいた。打ち止めに皆でご詠歌を合唱。
大部港発17時10分、1時間ほどで日生港へ。打ち上げと称して一杯やっているとアッと云う間だ。
帰路は渋滞もなくスムースに大阪駅に到着。お疲れ様でした。次回からは、無人の庵やお堂は省略して、お寺と山岳霊場を回ろうと思う。合掌

  小豆島にて  小春日や 海和やかに 小豆島

        島遍路 釣瓶落としの 影を踏み

2012年10月25日木曜日

第5回 近畿三十六不動尊巡り<京都>

平成24年10月23日
蓮華寺の五智如来石像

朝から雨がしとしと降る中、伊賀・大和巡礼の会29名と京都方面の不動尊巡りに出発。我が家近くのバス停で8時50分に拾ってもらった。何しろ伊賀から乗車している方もいるわけで、香芝SAでトイレ休憩、予定では4ヶ寺だったができるだけ回ろういうことになった。西名阪~近畿道~第2京阪と乗り継ぎ13番大覺寺到着は11時15分。お堂をいくつも通り、一番奥の本堂(五大堂)でお勤め。20日の下見の時にお願いしておいたので、写経机を整理してお勤めの場を用意してくれていた。門跡寺院らしくお庭が素晴らしい。お弁当をいただきながら14番仁和寺へ。金堂左手にある「水掛不動」に備え付けの長い柄杓を使って、小さな石のお不動さんに順に水を掛ける。すぐ隣が、15番蓮華寺。境内に入ると石の堂々たる五智如来が目に飛び込んでくる。右から薬師如来、宝生如来、大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来の順だ。お堂に上がり、太鼓も叩かせてもらっての般若心経。
追加で回ることにした19番青蓮院に向う。青不動で特に有名だが、ご本尊の裏手に掲げられたお軸は、デジタル模写とか。ついで20番智積院へ。先日の下見の時には、若い修行僧達が、落ち葉の掃除に励んでいたのだが、雨で落ち葉が増えている。金堂右手の不動堂に上がると、下見の時の堂守さんが椅子を並べて準備をしてくださった。これで打ち止めと思ったが、16時前なので、もう1ヶ寺と欲張り、22番北向き不動の不動院に電話を入れ、飛び込んだ。丁寧に対応していただき、打ち止めは16時半。いつもながら、朝からお菓子類が配られ、それは12~3種類にも及んだ。和気藹々と、楽しくお参りをするうちに雨も上がった。また来月が楽しみだ。合掌

 仁和寺にて  秋雨や 水掛不動 御室御所

智積院にて  修行僧 皆で集める 落葉かな

青蓮院にて  濡れ落ち葉 滑る参道 青不動

四国第1回 西大寺発

極楽寺の長命杉
平成24年10月22日

JR奈良~西大寺~生駒を回るルートに西大寺から乗車。初めてマイカーで、西大寺に行ってみた。駅前の駐車場が一日800円に値下げされ、試してみることにしたのだ。時間も早く、値段も安い。日帰りの場合は、これに限る。お客様は30名、生駒を8時20分に出発したが、東大阪線が渋滞、急遽中島PAでトイレ休憩せざるを得なくなった。従って、淡路島の休憩は緑PA、1番霊仙寺到着は11時半頃になってしまった。1週間前と同じ手順で2番極楽寺まで終えると、既に13時半を超えてしまった。大阪阪急から姫路、八木の2台、名古屋からも2台で結構輻輳しながらのお参りとなった。時間を気にしながらのお参りだったが、3番金泉寺に16時過ぎにたどり着き、「運心」をお願いすることもなくお参りできた。16時50分打ち止め。やれやれだ。阿波の里に立ち寄り、淡路HWOで休憩している間に、阪神高速の渋滞も緩和され、帰路はスムースに走れた。生駒20時40分、西大寺21時。マイカーで来ていて、良かったとしみじみ思った。合掌

 地蔵寺にて  門前の 鳴門金時 買う遍路

 極楽寺にて  天高く 長命杉や 秋日和

四国第1回 なんば発

平成24年10月15日

安楽寺の仁王さま
8時25分、難波から43名のお客様と出発、西宮、三田からもバスが出ていて合計3台。淡路SAで休憩の後、1番霊仙寺へ。初回なので、勤行次第からお参りの作法まで説明することが多い。しかし、この回にしっかり聞いていてくれれば、以後はうんと楽になるはずだ。霊仙寺では、まずは納経用品を買い求め、記念写真を撮って本堂で法話と授戒。そして大師堂をお参りして2番へ向う。本堂と大師堂の間に「抱き地蔵」がいらっしゃる。順に抱き上げ、御真言を唱え祈願してもらうのだ。お参りの後は、弘法大師お手植えの「長命杉」の霊気をいただく。ここから6番安楽寺への道中が、お弁当タイム。少しお昼が遅くなるが、辛抱していただいた。仁王門で松本明慶の作風について話をする。何しろ本尊薬師如来以外の仏様は全て彼の彫刻で、20代から60代までの30数体が揃っている。まるで明慶美術館なのだ。またご本尊が寄付されたエピソード、水谷夫妻の話もしておかねばならない。
5番地蔵寺、樹齢800年の大銀杏に銀杏の実が付いている。また、門前に鳴門金時が積んであり、大盛りのひと袋200円とあって主婦には大人気だ。4番大日寺では、大日如来のお姿について解説する。本堂から大師堂につながる回廊に、西国33観音が並んでいるのも壮観だ。3番金泉寺も説明ポイントの多いお寺、従って和尚は打ち止めの寺にさせて貰っている。時間を気にせず、説明が出来るからだ。打ち止めは16時20分、他のバスと輻輳することもなくスムースにお参りできた。合掌

 第1回目にて  長命の 杉や銀杏や 秋遍路

 吉野川にて   枯れすすき 夕陽の堤 吉野川

2012年10月14日日曜日

第8回 秀寛和尚と巡るお遍路の旅(讃岐)

70番本山寺の五重塔
平成24年10月14日

恒例のお四國一国巡りのスケジュールが決まりました。
今回は8回目讃岐の国の一国巡りです。
もっとも、前回伊予の国の残り6ヶ寺が付いてます。
春秋の4回で一周ですから2周目の最終回ということになります。
とはいえ、循環方式ですから、どの回からスタートしても同じことです。
お誘い合わせの上、ご参加ください。合掌

スケジュール
11月11日(日) 21時新大阪駅前 21時30分難波 集合 
            フェリーにて東予港へ
  12日(月) 60番横峰寺~69番観音寺  善通寺いろは会館泊
  13日(火) 70番香園寺~79番天皇寺  オークラホテル高松泊
  14日(水) 80番国分寺~88番大窪寺  
            新大阪駅20時30分帰着予定
参加費
  74000円(税込)一人部屋希望は別途追加料金
申し込み・お問い合わせ
  ハロートラベルサービス大阪(橋本)
        ☎ 06-6306-6411
  田尾秀寛  ☎ 090-2351-3927

尚、11月3~4日に小豆島八十八ヶ所の後半を回ります。
よろしければご参加を。

西国1回 青岸渡寺

平成24年10月13日

修復作業中の那智の滝
西大寺から38名のお客様と青岸渡寺に向けて7時45分出発。京都、姫路から各々2台。奈良も2台なので合計6台のバスが阪急から出ている。長距離になるので、ドライバーは二人体制だ。お参りが初めてという方が10人程いるので、丁寧に解説する。数年前にお四國で和尚と一緒だったご夫婦が同乗されていて懐かしいと喜んでいただいた。紀の川SAで休憩の後、南高梅の「中田食品」へ。お客様は、工場見学や試食、試飲をされてお買物だ。お弁当を配ると、朝が早いせいか和尚をはじめ皆さん早めの昼食。13時過ぎに那智山の麓の「かまぼこセンター」に到着、ここでロウソクと線香のセットをピックアップ。
まずは、那智の滝の見学から。130mの高さにちなんで石段も130段だ。記念写真を撮って自由行動。滝壺の修復作業が進んでいる。
那智観光センターにバスを停め、杖を借りていよいよ参拝だ。土曜日とあって、結構混雑している。467段の石段を登り、本堂でのお参りも順番待ち状態。それでも、ご住職に法話をお願いすると、快くお話をしていただけた。打ち止めは14時45分、45分後にバス集合として那智大社など自由に拝観してもらうことに。観光センターに戻って名物「黒飴ソフトクリーム」をいただく。バスで説明をしておいたので、お客様も次々注文する。評判は上々だ。「ちかつゆ」紀の川SAと休憩して西大寺へ。
ドライバーの話だと、走行距離は620km。西国では最長とのこと。西大寺到着は21時前、13時間を超える長旅だが、バスなればの日帰り。ありがたいことです。合掌

 那智の滝にて  秋風に 舞う飛沫や 那智の滝

 青岸渡寺にて  秋風に たなびく線香 那智の寺

         杖借りて 登る石段 那智の秋 

2012年10月11日木曜日

高野山 御礼参り

平成24年10月10日

j慈尊院多宝塔
近鉄奈良~JR奈良~近鉄西大寺と回るコース、和尚は西大寺から8時10分乗車。お客様は44名で満員の状況。同じ人数が梅田~なんばコースからも1台出ている。バスは、阪神高速~近畿道~南阪奈道~山麓線~京奈和道と走り、高野山中腹の花坂ドライブインで休憩。ここは「柿の葉寿司」が名物、お客様は、試食して予約、帰りにピックアップする。お礼参りは、まず奥の院から。高野山の公認ガイドが案内してくれるので、和尚は最後尾からついて行く。軽妙な説明に、笑いが起こる。御廟の前でお勤めだが、ここでは鳴り物禁止。皆で声を合わせる。
一の橋韓j光センターで買い物し、安養院で昼食とお軸や念珠のお仕立て承り。近くに、生胡麻豆腐で有名な「森下商店」があることを話すと、半分位の方が駆けつけた。歩いて金剛峯寺へ。内拝はオプションなのだが、43名が希望されたので、和尚が説明役で回ることに。説教会場である大広間に行くと、今日は「御詠歌」だ。折角なので、「弘法大師同行二人の御詠歌」をリクエストさせてもらった。15時過ぎにお山を出発、花坂ドライブインに立ち寄って、麓の慈尊院へ。修理中であった多宝塔が完成し、今度は大師堂が修理中だ。従ってお大師様への読経は境内奥の修行大師像前で行った。平成27年の開創1200年の記念事業なのだ。梅田組と合同で本堂に集まり、VTR、「案内犬ゴン」の話が中心だ。門前の農家が、名物の「種無し柿」の店を広げている。この時期の風物詩だ。試食すると、甘い。ご接待だと沢山いただいて、乗務員で分配。和尚は我が家のお大師さまにお供えだ。帰路も、順調に走り、19時前に西大寺到着。天気にも恵まれ、最高の御礼参りだった。合掌

 奥の院にて  秋晴れの 杉の木立や 奥の院

 慈尊院にて  秋夕日 色鮮やかに 多宝塔

戌年同行の会(さぬき市・地蔵寺・願興寺)

平成24年10月9日

願興寺聖観音レプリカ
戌年に堺からお四国を結願した方々のいわば同窓会。和尚は、例年2月の懇親会に参加し、6月の日帰りツアーの企画をさせていただいている。今回は、6月の台風襲来で延期していたものを復活させたのだ。和尚を含めて総勢25名、東三国と堺駅前の2箇所が集合ポイントとなっていた。和尚は、「堺駅前・竜神橋」の集合場所と思うところに行ったのだが、よく見ると橋の名前が違う。駅前の橋は、「勇橋」と「栄橋」だ。ウロウロ探したが見つからないので、幹事に連絡すると、どうも「勇橋」のことらしい。いざ出発という時になって、一人遅れているのに気がついた。地元に詳しい方なので、ご高齢とはいえ間違うことはない。幹事が、自宅に連絡すると、「橋の上で待っている」と電話があったという。幹事が走り回ってやっと遭遇できた。なんと少し離れたところに「竜神橋」は存在したのだ。幹事は、バス会社との打ち合わせで、「勇橋」を「龍神橋」と聞かされていたらしい。そんなバタバタをクリアーして、8時20分出発。淡路SAで休憩し、志度ICでさぬき市の櫻谷先達と合流、さぬきうどんの「池田家」に案内してもらう。おでんやお稲荷さんも置いてある典型的なさぬきうどんのお店だ。皆でおでんやお稲荷さんをパクパクやっていたが、なかなか注文の「釜揚げうどん」が出てこない。覗いてみると、4~5人分づつ順に茹で上げている。結局、和尚たちのテーブルにうどんが届いたのは、入店してから40分後だった。これにはまいった。しかし、お味は、流石に一級品だ。少し、遅れて地蔵寺へ。
地蔵寺は、四国霊場86番志度寺の奥の院で、歴史は志度寺より古い。日本廻国六十六体尊仏一堂に会していることでも著名な、稀有なお寺だ。中世に日本全国六十六ヶ国の神社仏閣を巡る日本一長い巡礼があったことにちなんだもの。栗峯弘文住職のお話を伺っていると、真言宗善通寺派管長・真言宗長者である樫原禅澄猊下が駆けつけてくださった。せめて、記念写真でもとのありがたいご配慮なのだ。地蔵寺のご子息栗峯澄明師が善通寺に勤務し、猊下の秘書役をされている。しかも彼は、高野山大学加行道場での和尚の修行仲間でもあるのだ。ご縁とはありがたいものだ。本堂でご法楽の後、ご住職の法話。廻国の本尊も二体が行方不明になっていたのが、不思議なご縁で戻ってこられたという。そのエピソードは不可思議としか言いようもない。
ついで、87番長尾寺の近くにある願興寺へ。奈良時代からの古刹で、重文の脱活乾漆造・聖観音像が残されている。木組みを作り、土を捏ねて型作り、布と漆を重ねる。乾燥したら土と木組みを取り出さし、新たに木組みで補強して、さらに幾度も漆を塗り重ね、細部を仕上げる。途方もなく手間と費用のかかる造仏法なので、現存するのは近畿地方が中心で、願興寺は最も西に位置する。
平成22年に落慶した本堂で、樫原典澄住職から寺の縁起を聞く。住職も和尚と同じく定年後に修行して寺を継がれた方だ。本堂の両界曼荼羅や真言八祖像は、日本画を良くする奥様の筆になるもの。2年掛りの大作で、金とプラチナで描かれた曼荼羅は、気品に満ち、荘厳さに魅入られてしまう。観音堂を特別に御開扉していただいて、順に拝観させていただく。奈良・興福寺の「阿修羅像」などと同じ流れを汲むようで、前に座ると優しさに包み込まれ、いつまでもそこにいたい感じがする。お茶をいただきながら、同じ手法で観音像を復元するVTRを見ると、改めて凄いと実感する。
ゆっくりと堪能して、帰路についた。堺着19時。さわやかな秋風のもと、満ちた足りた一日だった。合掌

 地蔵寺にて   廻国の 佛居並ぶ 秋の寺

 願興時にて   観音の 微笑み嬉し 秋の風

2012年9月27日木曜日

第4回 近畿三十六不動尊巡り 24~27番

平成24年9月25日
無動寺参道入口

大和・伊賀巡拝の会の第4回不動尊巡り。今回は滋賀県ということでバスはいつもとは逆に和尚のところから順に集客してゆくこととなった。6時20分に出発、高田市駅~八木西口~桜井~榛原~桔梗が丘などを廻り伊賀上野に9時過ぎ到着。ここで全員26名が揃った。「あやま」道の駅で休憩し新名神甲南ICから27番葛川明王院を目指す。堅田から山道を奥深く走り、お昼頃ようやく到着。本堂に上がり、お勤め。昼食を車中でいただきながら比叡山無動寺谷の26番明王堂へ。東塔前のバス停でバスを降り、山道を下る。坂本ケーブル下に無動寺の大きな石柱が建っているが、これからが本番、20~30分は下ることになる。ということは、帰りは結構な上りということだ。明王堂にたどり着くと眼下に琵琶湖が広がっている。堂内で読経のあとは難行だ。和尚は明王堂の勤行次第を買い求め、それを読みながらゆっくりと登ったら、なんとなく着いてしまった。全員揃うのを待って、山を下り、三井寺の横にある25番円満院門跡へ。秘仏だが金色不動で名高い。本堂に上がらせてもらうと、勤行次第や般若心経が置いてくれてある。それを見ながら、真言系と天台系の読み方の違いなどについて解説する。また木札のお守りも無料で配布していただいた。予定では3ヶ寺であったが、24番岩屋寺が、待っていてくれるというので、急遽向かうことに。1号線の渋滞やバスが入れないので歩いたこともあり、到着が遅れたが、快く迎えていただき、本堂でお勤め。大石内蔵助の山科の隠遁の場でもあり、四十七士の位牌も祀られている。近畿三十六不動霊場唯一の尼寺である。結局打ち止めは18時前になってしまった。「今度はゆっくりお参りください」の声に送られて帰路についた。往路と同じコースを順にたどってお客様を降ろしてゆく。和尚の帰宅は22時。「いつもだと伊賀上野まで送って戻ると帰宅は深夜です」とは添乗員の弁。きょうは逆なので、早く帰れるとのこと。いつもご苦労様です。合掌

 葛川明王院にて  山深く 明王院に 秋の風
 
 無動寺にて     明王堂 眼下に青く 秋の湖(うみ)

 岩屋寺にて     秋月や 不動が抱く 赤穂義士

京都探訪

平成24年9月23~24日

埼玉に住む息子夫婦が、京都見物をしたいというので、和尚夫婦で案内役をすることに。お昼前に京都駅で迎え、まずは清水寺を目指す。勿論。和尚は西国の納経軸を持参だ。先に昼食をすまそうと早稲田倶楽部の先輩に紹介された「癒味家」(ゆみや)へ。清水寺の参道入口近くのホテル「京都きよみず花束か」の1階にある。席だけは予約を入れておいたのだが、京風の懐石料理のコースを注文する。参道から少し脇に入るだけなのだが、静かで落ち着いた雰囲気だ。料理にも大満足。しかも車を置いたまま、お参りにどうぞというので、大助かりだ。相変わらず大勢の参拝客と思ったのだが、納経所で聞けば、尖閣諸島の国有化以来中国客が激減し、いつもの半分位だという。「音羽の滝」の水を含んだ3人は、「甘くて美味しい」と異口同音に言う。「伏見の酒が旨いのは水のせいか」と息子は納得の様子。ついで「銀閣寺」へ。正式には「東山慈照寺」といい、足利八代将軍義政公の建立した山荘である。観音様を祀る銀閣も良いが、何といっても庭園が素晴らしい。さらに南禅寺をお参り。臨済宗南禅寺派大本山で、亀山法皇開基、「京都五山之上」に列せられている。正式には「瑞龍山太平興国南禅禅寺」。重文の堂々たる「三門」から赤レンガのローマ風な水路をくぐり石段を登ると、南禅寺発祥の地である「南禅院」がある。お庭も素晴らしいが、境内全体のしっとりとした感じが心地よい。清水寺、銀閣寺より印象が良いと4人の意見が一致した。
お宿は、電通対比寮、和尚のような社友(OB)も利用できる。旧寮時代は、ラグビー部の合宿で何度もお世話になり、ここで新年を迎えたこともある。賀茂川に沿って、名前の通り比叡山が目の前に聳える。久しぶりに息子と酒を酌み交わした。ビール、日本酒、焼酎とたっぷり頂いてしまった。
金閣寺
24日は、「下賀茂神社」から。「世界遺産の森」には、朝の散歩の方が多く見受けられる。正にオゾン一杯の森林浴だ。ついで、リクエスト一番の「金閣寺」へ。銀閣寺と同様に臨済宗相国寺派に属し、「鹿苑寺」が正称。足利三代将軍義満公の山荘で、金閣は舎利殿、金箔を貼っているところからの名称である。駐車場には観光バスが並び、外人客も多い。鏡湖池を前面に正面から拝観するように促され、カメラが並ぶ。そして裏山を巡り出口へ。最後のポイントは嵐山、「天龍寺」にお参りする。後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として、足利尊氏が建立した臨済宗天龍寺派大本山である。正称は「霊亀山天龍資聖禅寺」。折しも特別拝観で法堂に入ることが出来た。天井には加山又造画伯の直径9mの円相の中に描かれた雲龍図がある。「八方睨み」の龍として描かれ、どの位置から,見ても眼が会うのだ。本堂からお庭とゆっくり拝観、夢窓国師による庭園は、国の史跡・特別名勝第1号指定という。
お昼は、京都電通近くの「河道屋晦庵」に案内する。京都で会議のあるたびに訪れた「蕎麦の銘店」だ。車を御池通りの地下駐車場に入れたまま、「錦小路」へ。京都の台所と言われているが、今までと印象が違う。なんだか若者向けのお店が多くなっている感じだ。一通り歩いて、締めは「錦天満宮」。息子夫婦を京都駅に運び、オノボリさんコースの京都探訪の打ち止め。お四国や西国などの巡拝だけでなく、こんなお参りもたまには良いもんだと実感した二日間だった。合掌

  南禅寺にて  秋の風 心を洗う 古刹かな

秀寛和尚の独り言ー秋彼岸

平成24年9月19・21・22日

JR灘駅の北側に高野山真言宗「金剛福寺」がある。副住職が和尚の道場仲間で、歳の離れた同級生という訳だ。秋のお彼岸の檀家参りのお手伝いにと声が掛り、馳せ参じた。19日と21日は、法衣にヘルメットをかぶり、バイクで灘区、東灘区の檀家さんを廻った。8月のお盆のお手伝いの時は自転車だったが、今回は風を切って爽やかに回ることができた。といっても初めての土地なので、地図で下調べをし、個票で確認しながらのこと。どうしても家が判らずに途方に暮れ、窓から顔を出した男性に尋ねると、「ここだ」という。なんとラッキー。それ以外は、なんとか辿りついて、無事お参りをすませることができた。22日は、お寺での彼岸法要。14時からの法要に合わせ、9時から会場設営、本堂に椅子を150ほど並べた。住職を導師に、副住職や和尚、それに道場仲間ら4人が脇につく。法要は「理趣三昧」の本格的なもの、檀家の皆さんで本堂は満員の盛況、和尚も久しぶりのことで感動した。法要の後は、四國八十八ヶ所霊場の「お砂踏み」、檀家の方がお四国を周り集めてきたというありがたいものだ。金剛福寺では、年に4回の法要が通例とのことで、また参加させていただきたいとお願いしておいた。合掌

2012年9月20日木曜日

西国1回 青岸渡寺

平成24年9月17日
青岸渡寺参道

難波から41名のお客様と7時50分に出発。敬老の日とあって交通渋滞も予想され、帰りが遅くなるのではとドライバーさんと話を交わした。遠距離なので、ドライバーさんは二人乗務だ。台風接近の影響からか、御坊を越える頃から風雨が激しくなった。
お客様に聞けば、お参りの経験の無い方が10名ほどいらっしゃったので、その方たちを中心に説明をしていくことにさせて貰った。そうかと思うと、和尚の知り合いなのだが、休日はご夫婦で必ずお参りという大ベテラン先達も同行だ。朝のお勤めを済ませ、勤行次第の意味などについて説明をする。印南SAで休憩し、お弁当を積み込んだが、その時は雨も上がり、青空も覗いていた。南高梅で名高い、「中田食品」に10時過ぎ到着、平日なら工場見学もあるのだが、本日はお休み。いろんな種類の梅干と梅酒が試せるのが楽しい。件の先達夫婦が、梅干のお土産をくださった。車中でお弁当をいただきながら、那智山の麓の「かまぼこセンター」に12時半着。今月からタクシーで登るオプションが始まり、6~7名が手を挙げたようだ。(石段は500段ほどか)まずは「那智の滝」のお参りから130段ほど石段を下り、記念撮影。雨のせいか水量は豊富、土砂崩れの修復工事が進行していた。いよいよ寺参りだが、幸いなことに雨は上がっている。本堂でお参りのあと副住職の法話をいただく。西国札所でここほど懇切丁寧な法話をされるところは無い。お客様も聞き入っている。14時10分打ち止め、45分後にバス集合の声をかけて、散開する。和尚は那智大社に詣出て下山、熊野交通の観光センターで名物の「那智黒ソフト」をいただく。ここでしか味わえない逸品だ。
和尚の携帯電話が鳴る。ご婦人が一人迷子になったようだ。迎えに行って事なきを得た。出発時に迷子予防に携帯電話番号をお伝えするのだが、今日はお役に立った。「ちかつゆ」「紀の川SA」と休憩して難波を目指す。予想に反して、渋滞に巻き込まれることもなく、スムースに帰着。道中は雨が降っても、お参りでは傘いらず、本当に日頃のご精進の良い方ばかりだ。合掌

 那智の滝にて  台風の 雨を加えて 大瀑布

 青岸渡寺にて  説法に 瞳輝く 秋詣り

2012年9月13日木曜日

土佐から伊予路9ヶ寺参り

平成24年9月10~12日

12日に全国先達大会が松山市で開催されるのに合わせ、2日ほどお参りして現地入りすることにした。10日の朝、和尚からすると姉さん先達3人を難波で拾い、一路足摺岬を目指した。和尚の目論見は、39番延光寺と38番金剛福寺を10日と11日の2日お参りしようということなのだ。何しろこの2ヶ寺の回数が少ないからだ。大阪から見ると、四国の最南端に位置するため最も距離がある。17時までに辿り着けるかが問題で、走りに走ってなんとかクリアできた。お宿は「民宿西田」、魚が旨く風景抜群の遍路宿。高僧の書が、お軸になって数多く展観されている。我が師僧である東寺長者・砂原秀遍猊下の書も和尚が用意させて貰った。食事の後は、東京からバイクで回っている方と暫しお遍路談義。

龍光寺の水子地蔵
11日、朝一番に金剛福寺へお参り、今日は松山に向かって回れるだけ回ろうとスタート。延光寺から40番観自在寺、41番龍光寺と打って麓の「長命うどん」をと思って覗いたが、団体予約で満員と断られた。42番佛木寺から43番明石寺に走り、駐車場に隣接する「常楽苑」でようやく「うどん」にありつけた。明石寺の山門に空海の「後夜仏法僧鳥を聞く」の漢詩の額が掛けられている。詩吟をやる者にとっては、定番の詩だ。44~45番はパスして、46番浄瑠璃寺から回れるだけ回ろうと思ったが、結局、46番八坂寺、46番西林寺までで、時間切れとなった。打ち止めに「いろは歌」を合唱し、「弘法大師同行二人のご詠歌」を納めた。お宿は、道後の「ホテル ルナパーク」。阪急のバスでよく利用するホテルなので、勝手知ったるお宿だ。一泊朝食付きで予約、夕食はかねてお願いしておいた「番鳥」へ。お任せで頼んでおいたのだが、最初に出された「サヨリとイカの刺身」が絶品だった。いつもの焼き鳥に舌鼓を打ち、仕上げは「焼きそば」と「そば飯」。大満足だった。
12日が、県民文化会館で先達大会だと云うと、「駐車場が込むでしょう。お店の駐車場を使いなさい。歩いてすぐだから。」と言っていただいた。翌朝、お店の前に駐車して会場入り、信貴山の佐々木照眞尼がご接待のチッシュなどを配っていた。会場は、全国から1270名の先達が集結し満員の盛況、冒頭に物故者の法要が営まれたが、1年で150名を超える方が亡くなられていた。顔なじみの方も参加されていて10名ほどの先達さんと挨拶を交わした。この3日間の走行距離は、約1500km、その前の2日間と合わせると2000kmを超えた。我ながらよく走ったものだ。合掌
西林寺の本堂・大師堂

 足摺岬にて   潮風の 頬に爽やか 秋日の出

2012年9月9日日曜日

讃岐路を巡るー8ヶ寺

平成24年9月8~9日
本山寺の五重唐

和尚の母校は善通寺第1高等学校、当然校歌にも弘法大師が歌い込まれている。同窓会の役員会に関西支部事務局長として出席するついでに、地元讃岐の札所をまわることにした。8日の朝早く出発し、10時半の開会に間に合った。丁度母校は、文化祭で賑わっていた。図書室での役員会を終えて、茶道部の茶席でお茶をいただく。和尚のパソコンの記録によると、天皇寺のお参りがほかの寺と比べて少ない感じがしているので、まずは79番天皇寺を目指す。バス遍路に添乗するときは、時間が気になってゆっくりできないのだが、白峯宮もゆっくりお参りし、本堂左の地蔵堂もお参りできた。そして和尚の好きな寺の一つである、82番根香寺へ向かう。工事中だった参道が完成していて、山門前の駐車場まで整備されていた。納経所で、納経帖を差し出すと、重印をどこに押そうかと迷っている。ほとんど隙間がないからだ。「どこでもどうぞ」と声をかける。もう一ヶ寺をどこにしようかと思ったが、83番一宮寺まで足を延ばした。今日は、山門の写真も撮らしてもらった。善通寺に戻り、夜は同級生と久しぶりに会食。
雲辺寺の毘沙門天を足下から見上げる
9日、今日は66番雲辺寺からスタート。9時発のロープウエイで登る。山頂駅前には、向日葵と紫陽花が並んで花を咲かせている。下界と7度程気温が違うので、紫陽花は6月から9月中旬まで咲くというから、こんな素敵な競演が見られる訳だ。初めて、「毘沙門天展望台」に挑戦する。四国一の眺望というのだが、登ったことはなかったのだ。坂道を少し登ると、六角堂を台座として巨大な毘沙門天像が瀬戸内を見下ろしている。お堂に入ると、螺旋状にスロープがあり、壁には1番霊山寺から高野山までの、切り絵風の絵が掲げられている。毘沙門天の足元までたどり着くと、そこには見事な絶景が待ちかまえていた。9時から16時まで無料拝観できる。個人で行かれる場合は、おすすめのスポットだ。五百羅漢や涅槃像もゆっくり拝見し「おたのみ茄子」にも腰を下ろしてノンビリする。本堂、大師堂のお参りを済ませ、10時の下り便に丁度間に合った。67番大興寺に行くと、阪急トラピックスのバスが一台、馴染みの先達、添乗員の姿だ。聞くと梅田からの逆打ち3回で、2日間の打ち止めとか。68番神恵院、69番観音寺を回って、70番本山寺打ち止めと決めた。本山寺の五重塔と赤、白の百日紅の花が一枚の絵のように迫ってくる。国道11号線を善通寺方面に向かって走る。高速に乗る手もあるのだが、和尚の魂胆は、「鳥坂まんじゅう」を買い、善通寺近くの「オハラ」でうどんを食べることなのだ。「鳥坂まんじゅう」は、子供の頃からの馴染みの味、じいさんの大好物だった。「オハラ」のうどんは、昨夜の会食でも話題になった手打ちうどんの店だ。相撲好きの難聴の親父の店、「かけうどん」の中盛りを平らげたあと、ぶっかけの半玉も追加してしまった。おでんもいただいたので、少し食べ過ぎかと反省。バス遍路でお話をしながらもいいが、こうやって個人的に回るのもいいものだ。合掌


 雲辺寺にて  向日葵と 紫陽花咲くや 雲辺寺

 本山寺にて  足元に 百日紅咲く 五重塔

2012年9月6日木曜日

西国三十三所巡礼説明会

平成24年9月5日

阪急交通社(大阪)の西国巡礼説明会が、梅田の阪急グランドビルで開催された。15時集合だったので、少し早めにと会場を覗くと、ちょうど四国八十八ヶ所巡拝の説明会が終わったところだった。お四国の説明には、1番霊仙寺の面々が駆けつけていた。阪急の巡拝部門の担当者にご挨拶すると、和尚のブログもよく見ていてくれていて、「添乗員の報告より、よくわかります。」との声には恐縮。
説明会は、15時半より。お四国の説明会から引き続き参加する方もいて、約30名ほどの出席者。まずはトラピックス制作の案内ビデオが25分ほど、その後が和尚の出番だ。40分程の時間を頂いたので、西国の歴史、お四国との違い、巡拝装束の意味するところ、納経用品、勤行次第などを説明させていただいた。勤行次第では、「延命十句観音経」が馴染みが薄いと、全員でお唱えしてみる。お四国を回り終えたので、今度は西国へと云う方も数名いらっしゃった。皆さんご熱心で、説明会の後も、納経用品や、作法などについての質問が飛び交っていた。
西国巡拝は、12回で三十三所と番外の3ヶ寺を日帰りで回り、お礼参りは信州・善光寺(1泊2日)というコースだ。春と秋の年2回のスタート、今日のお客様のなかで、和尚のバスに乗る方も出てくるに違いない。そのご縁を楽しみにしています。合掌

2012年9月4日火曜日

秀寛和尚の独り言ー除霊お払いー

平成24年9月4日

真言宗は、加持祈祷を行うため、地鎮祭も始めいろいろなところで、読経の声がかかる。今日は、「部屋に東日本の災害で亡くなった霊が居座っていて困っている」との電話があり、大和郡山駅前の団地を訪れた。82歳の矍鑠とした御婆さんの話を聞くと、眼には見えないが、夜に複数の人の寝息が聞こえるのだという。夫婦で寝ていて、奥さんの起床が遅いと感じたので、「いつまで寝てるの、掃除でもしたら」と声をかけた途端、ふっ飛ばされて怪我をしたという。和尚は、ご宝号と大師の御影の軸を掲げ、般若理趣経を中心に法要を行い、最後に室内を「般若心経」を唱えながら一周させていただきました。お婆さんは、「喉の痛みが取れた。体が軽くなった」といっていたので、いくらかの効果はあったのではないかと思います。たまに、このような「お清めの法要」を頼まれうrことがありますが、和尚としては必死に、理趣経を唱えるのみでしかありません。明日は、仲間のゴルフ会なのですが、「西国巡拝の説明会があるので、説明をと」の連絡があったので、ゴルフはハーフにして、駆けつけることにしました。合掌



2012年9月3日月曜日

西国三十三所 第8回先達研修会

平成24年9月3日

札所先達委員会主催の先達研修会が、大阪駅前の新阪急ホテルで開催された。全国から約600人の公認先達が集結した。和尚は、叔父の通夜・告別式を済ませ昨夜帰宅、出席した。年々参加者が増えていて、今年は部屋に入りきれなく、後方に椅子を並べて対応されていた。(昼食時には、椅子席組は別の部屋に移動という訳だ)11時開会。般若心経の御法楽に続き、札所会会長・1番青岸渡寺高見山主のご挨拶、特任大先達昇補9人に昇補状授与があって、講演だ。
 今年の講演は、27番書写山圓教寺山主大樹孝啓大僧正。80歳を超えても矍鑠とされている。「見えるもの 見えないもの」と題して「命」「心」「神仏」を話された。結論は「見えないもの程大切である」ということ。委員会からの「勤行次第」の解説があり、記念品などの抽選発表があって閉会。13時半頃から会食し食後自由解散。お寺からは9ヶ寺出席。現状報告の数字では、先達総数5587名でその内、退会・死亡・住所不明が155名との事。和尚はようやく「大先達」で404名、その上の特任級が5ランクで258名。西国は一周回れば先達になれるとあって、先達級が4085名と73%を占めている。9月12日に、四国八十八ヶ所霊場会も先達の全国大会を松山で開催する。和尚は、松山に入る前に足摺岬から松山に向けて札所を廻ろうと計画している。
そのご報告は、いずれ。合掌

2012年8月31日金曜日

秀寛和尚の独り言ー暑い夏ですー

平成24年8月30日

8月がようやく終わろうとしています。今年は和尚にとって忘れられない8月になるでしょう。兄弟子のお声掛りで、神戸の遍照光院のお盆の檀家参りのお手伝いに4日間行きました。兵庫区、長田区は自転車で、北区はマイカーで、80数軒廻らせていただきました。住宅地図を頼りに廻りましたので、予定の時間に大幅に遅れ、大変ご迷惑をお掛け致しましたが、良いお勉強をさせていただきました。お昼を食べる時間もなく、いただいたお饅頭が頼りでした。自坊関係を含め5日間のお参りを終え、ホット一息と思ったのもつかの間、早稲田の稲吟会(詩吟部)で同期の訃報が入りました。私が幹事長(主将)の時の指導部長で、千葉県市川市の日蓮宗本山・真間山弘法寺の貫主を務めていました。若くして本山の貫主にとなり将来を嘱望されていたのに残念なことでした。親交のあった兄弟子とお別れにおもむき、奈良に帰って2,3日すると、今度は電通ラグビー部で楕円球を追いかけた仲間の訃報です。癌を克服し、不死身と言われていましたが、肺炎とかで1週間で逝きました。なんと暑い夏だろうと思っていましたら、千葉県柏市在住の叔父の訃報です。従兄弟の希望もあって和尚が導師を勤めることに。明日、明後日の通夜、告別式です。本当に暑い夏になってしまいました。しかし、スケジュールがハードだったにもかかわらず、三件とも調整がついて参列できるのです。故人が、待っていてくれているに、相違ありません。南無大師遍照金剛。合掌

2012年8月30日木曜日

近畿三十六不動尊巡り 9~11+21番

平成24年8月28日
無動寺の参道

伊賀・大和巡礼の会の不動尊巡り第3回目。今日はお不動さん縁日28日だ。お客様は中型バス満員の28名、添乗員はガイド席の状態。真美ケ丘NTの自宅近くのバス停で和尚を拾ったバスは、まず香芝SAで休憩。和尚は8時45分に合流だが、既に2時間バスに揺られているお客様もいるのだ。まずは9番大龍寺に向う。神戸から再度山ドライブウエイに乗ろうとしたが、バスは進入禁止、お寺に問い合わせると、有馬街道から迂回してドライブウエイに入るという。山門前にバスを停め、山道を登る。足の不調の方のために乗用車を用意してくれていた。ありがたいことです。このお寺は「東寺真言宗」の別格本山、弘法大師が入唐前と帰朝後にお参りされたところから再度山(ふたたびさん)というのだ。和尚と同宗派なので、お迎えの副住職に名刺を渡してご挨拶。不動堂でお参りするより信徒会館のお不動さんでおまいりをと聞いていたので、おがらせていただく。そして会館でお弁当をいただく。副住職の法話を聞きながらだ。10番無動寺へは、その再度山ドライブウエイを北上する。駐車場から細い参道をなだらかに登って本堂へ。五体の重文など七体の佛様がまとまって祀られている。収蔵庫と須弥壇が兼用になった構造で、まずはゆっくり拝観をと促され、それからお勤め。大日如来と不動明王が一緒に祀られているのは珍しいと法話もいただき、中山寺へ電話を入れておくようにアドバイスもいただく。納経所の閉まる時間が早いかもというのだ。電話を入れると待っていてくれそうだ。三田市の11番鏑射寺へ急ぐ、武庫の台ゴルフコースの近くにお寺はある。古刹だが、現住職が昭和30年代から山を分け入り復興したという。お寺につくと、護摩堂を開けて待っていてくれた。護摩の煤にいぶされた不動明王やお大師像は黒光りし、お不動の眼が金色に光っている。いよいよ打ち止めの21番中山寺だ。高速道路は火災事故の余波で渋滞していたが、16時半になんとかたどり着けた。添乗員さんは、納経所に向けてダッシュだが、我々はゆっくりと山門に向う。本堂の観音様に各自お参りしてから、右横の「五大尊堂」で打ち止めのお勤め。花山法皇が33個の法印を発見した石室と思われる石積古墳に案内して17時、帰路に。本当に親しい仲間の巡礼とあって、バスではお菓子や冷やしたトマトなども飛び交い、ワイワイガヤガヤ、楽しい巡拝でした。次回は9月25日大津方面を回る。合掌

 鏑射寺にて   涼風や 黒き不動に 大師像

四國逆打ち3回 81~77番 なんば発

平成24年8月27日
白峰寺本堂

梅田~なんば発のコース、お客様は42名。和尚はなんばからの添乗だが、お客様の一人が遅刻、5分遅れの8時25分に出発した。逆打ちとあって、初めてのお四国という方は10人ほど。龍野西SAで休憩し、81番白峯寺へ。崇徳上皇の御廟所のあるお寺で、干支のご本尊を奉安していることでも知られている。五色台から山門に向かって下っていく途中に源頼朝が先祖供養のために建立した十三重の石塔が2基建っている。(重文)山門をくぐり100段ほど石段を登ると本堂、大師堂が並んでいる。お念珠の作法など伝授してお参り。五色台を下り、80番国分寺に。さすがにかっての政治・文化の中心地という趣のある佇まいだ。大師堂の拝殿と納経所が同居しているのも印象深い。79番天皇寺は、八十場駅前の駐車場から少し歩かねばならない。真っ赤に塗り直された白峯宮の三輪鳥居をくぐると左手に本堂、大師堂がある。いかにも元神宮寺という感じで白峯宮に寄り添っている。崇徳上皇の霊を慰めるために建立された「崇徳天皇社」が白峯宮の前身である。一遍上人ゆかりの時宗の寺が78番郷照寺、「うたづの厄除け大師」で通っている。お庭も覗かせていただいた。山門を出たところに、四國最大級の「閻魔大王」を祀るお堂がある。「今のうちにゴマを磨っておきましょう」と声をかけて、お参り。77番道隆寺は眼のお薬師さん、納札の裏に歳の数だけ「め」書いて納めるようにアドバイスしておいた。本堂の薬師如来、脇侍の日光・月光菩薩を前に、「太陽女性論」の説法。門前の「サンエイ」で目に効くお茶をいただき休憩、「よう、おまいり」が4~5冊お買い上げで、「和顔施」の署名をする。17時帰路につく。吉備、三木のSAで休憩して梅田到着は20時30分過ぎ、なんば21時前に到着。お疲れでした。合掌

 天皇寺にて  秋風に 香煙流る 天皇寺

2012年8月23日木曜日

西国11回 30・31番 西大寺発

平成24年8月22日

竹生島港より宝厳寺を見上げる。右が唐門
西大寺より27名のお客様と8時10分に出発。11 回とあってかほとんどの方が、和尚と一緒になっているという。こんなことは、滅多にない。阪急トラピックスからは、川西と梅田から各1台合計3台のバスが向かっている。お盆の渋滞がウソのようにスムースで、草津SAに1時間弱で着いてしまった。今日は、まず竹生島の30番宝厳寺から31番の長命寺に向かう予定、長浜港11時30分出港だ。この調子だと長浜港で1時間ほど待つことになる。結局、港にバスを停め車中で早めのお弁当を摂っていただくことに。長浜港から30分で竹生島、いつもより風と波があるようだ。足に自信のないお客様には、唐門の前で待っていてもらい、167段の石段を登る。段差があってしかも急なのだ。本堂で弁天様のご真言を唱え、石段を下り唐門へ向かう。国宝の唐門から入ると重文の観音堂だ。先着の団体のお勤めの終わるのを待って、参拝。豊臣秀吉のご座船日本丸の船櫓を転用したという船廊下を渡り、都久夫須麻神社に案内する。13時20分の出港までゆっくりくつろいでもらって、長浜に戻った。長浜から31番長命寺まで約1時間の行程、808段の石段が待っている。勿論タクシーのオプションとの選択だが、歩き組が13名も。麓のお店で杖を借りて、それぞれマイペースで登る。添乗員の研修生が最後尾に付いてくれるというので、後ろを気にせずに登らせてもらう。本堂の板の間に座ってお勤め、風が爽やかだ。龍王ICから名神に乗り、草津SAで休憩して西大寺へ。帰路も渋滞はなく、18時頃到着、こんな日もあるのだ。合掌

 長命寺にて  ヒグラシの 声に押されて 登る寺

2012年8月21日火曜日

四国2回 7番~11番 吹田発

平成24年8月20日
法輪寺大師堂前、 咲く花に魅せられて

一日おいて、吹田から四国第2回に添乗することになtった。吹田から乗るのは久しぶりのこと、そのせいか、集合時間の1時間以上前に着いてしまった。バスは高槻~南茨木を経て吹田にやってくる。お客様は満員の44名、8時20分に出発。近畿道経由で淡路を目指す。淡路SA出発時点で、18日と比べると45分遅れ、のんびりしている暇はないという感じだ。1番霊山寺で「よう、おまいり」がよく売れて揮毫に追われる羽目に。ありがたいことです。11番藤井寺に着くまでに、お弁当を摂っていただく。基本的な流れは、一昨日と同様だ。10番切幡寺への徒歩組jは16名。元気なおばさま2名が和尚の前を行く。本堂~大師堂~はたきり観音、即身成仏の乙女の千手観音を北から拝んで、大塔へ。麓の「金山商会」でお茶のご接待を受けて出発は14時。9番法輪寺前の「あわじ庵」に電話すると草餅が残り少ないという、確保をお願いする。和尚からすると、18日に比べ、湿気も少なく風もあって秋を感じるのだが、お客様は相当へばっているとの添乗員の声。ベンチに座っていただいての読経、境内での説明を少なくしできるだけバス内で説明するように心がける。8番熊谷寺、7番十楽寺と回って打ち止めは16時10分。幸いなことに、帰路の渋滞は思ってより少なくて、吹田着18時50分。出発時の朝のお勤めでは、たどたどしかった読経が、帰路は堂々たるものに変容している。見事なものだ。合掌

 切幡寺にて  吹く風に 秋の匂いや 切幡寺

 切幡寺にて  ツクツクの 法師に負けぬ 読経かな

四国2回 7~11番 堺発

十楽寺・予備学生慰霊の不動尊
平成24年8月18日

お盆明けの四国第2回、堺駅前から31名のお客様と7時50分出発。京都から2台出ているとのことだが、我々のバスが先行することは間違いないので、混乱はないはずだ。淡路SAまで走るつもりであったが、お客様のトイレの緊急要請。しかし、高速には手近なところにないので、京橋まで我慢していただこうと話していたが、限界の様子。神戸ハーバーハイウエイを降りたところでコンビニを見つけ、セーフ。以後はスムースで、1番霊山寺に10時過ぎに到着した。お参り用品の買い物とトイレを済ませ、いよいよお参り開始。11番藤井寺から打ち始める。本堂の30畳大の雲龍の図には、皆さん感嘆の声。お念珠の使い方など説明してお参り。強烈な残暑の中、10番切幡寺の山登りに13名が挑戦。和尚も墨染の衣を脱いで、白作務衣姿で同道する。添乗員が最後尾についてくれるというので、後ろを気にせずに前を歩く。中腹まで歩いて山門をくぐると333段の石段が待っている。上り詰めるとさすがに汗びっしょりだ。全員揃ったところで、呼吸を整えお参り。いつものようにさらに上部にある「大塔」まで案内する。途中の「不動堂」で一息入れて、お不動さんのご真言の練習をして、皆でお参り。最上部の大塔(重文)のポイントから眺めると、吉野川が絶景だ。2本の緑のラインが堤防で、その中の溜池のように見えるのが流れだ。9番法輪寺前の「あわじ庵」に電話を入れ、草餅の確認をすると「売り切れたが、すぐ補充できる」という。一安心だ。8番熊谷寺に行くと、なんと月に一度のご開帳日、金色に輝く千手観音様を初めて拝むことができた。写真では拝見していたが、実物は思っていたより大きくて堂々といている。打ち止めは7番十楽寺、本堂から目の地蔵さん、大師堂とお参り。お大師さんは、白塗りの若々しい美男子だ。愛染堂で錀の叩き方など説明して、17時20分打ち止め。帰路、「いろは歌」のCDを流し、お稽古。淡路HWOまで順調だったが、20kmの渋滞情報、須磨ICで降りて、三宮まで迂回するドライバーの判断が大正解で、19時過ぎに堺到着。ニュースによると大阪は、突風や落雷で大変な一日だったようだが、お四国は蒸し暑い猛暑の一日だった。合掌

 熊谷寺にて  熊谷寺 ご開帳日の 残暑かな

2012年8月14日火曜日

四国8回 44~51番 なんば発

平成24年8月7~8日

第8回は、お四国としては丁度真ん中の位置にある。44番大寶寺は、正しく「へそ寺」なのだ。梅田~なんば発のコースで、お客様は43名。バスは満員の盛況である。バスは、久しぶりに商都交通、早稲田の先輩がバス部門を束ねる専務で、和尚にとっては身近に感じるバスなのだ。8時半なんば発、中国道経由瀬戸大橋、松山道で久万高原を目指す。宝塚付近でいつものように渋滞、龍野西、豊浜SAで休憩、弁当も車内で済ませ松山郊外の「砥部焼陶芸館」に着いたのが13時半だった。まずは45番岩屋寺から、何しろバス遍路では最大の難所であるだけに所要時間も考えると45番~44番の順が、体力的にも理にかなっていると思っているのだ。岩屋寺の本堂前に全員が揃うのを待って勤行、みんな汗だくだ。重文の大師堂から「穴禅定」に案内、山を下り麓の「一休館」でお茶のご接待を受けてバスが出発できたのは16時頃。44番大寶寺も、結構な坂道なのだが、岩屋寺を経験しているので、それほど難儀な気がしないのが、45番を先に済ませる理由なのだ。打ち止めは17時丁度、「すごうさん」でご接待を受けて駐車場出発は17時20分、ホテルは道後温泉・ルナパークだ。最近は夕食時にも「食事作法」を行うようになったので、とりあえず汗を流し、着替えて夕食会場へ。19時30分開始。食後和尚は、焼き鳥「番鳥」に女将の顔を見に行き、焼酎の湯割りと鳥皮、クジラを堪能する。
浄瑠璃寺大師堂、真魚像を順に抱っこする
8日、朝はバイキングで7時半出発。51番石手寺からだが、近すぎて朝のお勤めは短縮バージョンだ。開経偈・心経だけ唱えるのがやっと。お参りのあと宝物館など境内を案内する。山門前の「シュロの仏壇磨き」が人気、此処しかない手作りの店なのでそれも当然か。この道50年以上という親父さんから、お寺用にとシュロの箒をいただいた。50番繁多寺では、大師堂の前に「興教大師像」が鎮座している。ここで新義真言宗と興教大師について説明することにしているのだ。49番浄土寺は日差しを遮る場所を探すのに苦労する。48番西林寺、大師堂の横で蓮が一輪、見事に咲いている。47番八坂寺は、バスを「衛門三郎の里」の駐車場に停めて、歩いて往復する。46番浄瑠璃寺は、蓮池が楽しみだ。本堂で、薬師如来の脇侍・日光菩薩にちなんで「女性太陽論」を述べる。大師堂に廻り、一列に並んで「稚児大師・真魚像」を順に抱っこし祈願。そして打ち止めの勤行、蓮池を巡って12時半。昼食は「伊予かすり会館」、デザートにおすすめが「伯方の塩アイス」、これに塩を振りかけると、甘さが増すのだ。これも行列が出来た。石鎚山、吉野川、淡路と3ヶ所のHWOで休憩して大阪へ。表示を見ると帰路は20kmの大渋滞、7号北神戸線を利用し、神戸トンネルで三宮から阪神高速に乗る。芦屋付近の故障車渋滞が発生するが、以後はスムースで20時頃梅田到着。お疲れ様でした。合掌

 岩屋寺にて  岩屋寺や 穴禅定 お盆前

 浄土寺にて  蝉の声 般若心経 大合唱

 浄瑠璃寺にて 蓮池や 残りわずかに 残暑かな

 

2012年7月27日金曜日

近畿三十六不動 第2回 30~32番

平成24年7月27日

滝谷不動明王寺
大和伊賀巡礼会の第2回、お客様は22名。和尚は自宅近くのバス停にて9時前に拾ってもらった。今回は、吉野地区の2ヶ寺と滝谷不動の3ヶ所を回る。いずれもこの3ヶ月の間に下見をしておいたところだ。まずは30番如意輪寺に向かう。後醍醐天皇の勅願寺で名前の通りご本尊は如意輪観音だ。本堂の右手に「難切り不動」石像が祀られている。石像不動としては日本最大だ。かっては不動坂にいたのだが夢のお告げで如意輪寺に行きたいというので移されたとか。不動坂に祀られていた時に牛車が転落したが、その農夫の身代わりになって左手を負傷され人命を救助された記録があり、交通安全の守護神とされる。また、楠木正行が辞世の句を扉に矢尻で刻んだことでも知られている。次の31番龍泉寺まで1時間ほど、少し早いがお弁当をいただくことに。龍泉寺は大峯山寺の護持院の一つで「大峯山内道場」の看板が上がる。ご本尊は弥勒菩薩。本堂には、弥勒菩薩を中心に右端にお不動さん、弘法大師、理源大師、役行者も祀られている。お勤め後、八大龍王堂に上がりお参り、天井の彩色された龍の絵が素晴らしい。滝の行場に案内して洞川を後にする。吉野山系を下り、金剛山系を越えて富田林へ。32番滝谷不動明王寺のご本尊不動明王と脇侍2体は弘法大師の作で重文。眼病平癒の霊験で知られている。寺務所に声をかけて本堂に上がらせて頂きお勤め、滝の行場に行くと、空き缶に生きたどじょうが入れてある。このどじょうを川に流すと身代わりとなって厄を流してくれるというのだ。お客様と3人で試みる。お賽銭は100円だった。ワイワイと笑い声に満ち満ちた楽しいお参り、次々とおやつが回ってくる。17時過ぎには、和尚の自宅近くに到着。ご馳走さまでした。また来月に。合掌


 滝谷不動にて  滝谷や 身代わりどじょう 夏不動

2012年7月26日木曜日

四国4回 17~23番 なんば発

平成24年7月23~24日

なんば発8時20分、42名のお客様と出発。この4回目というのは、今までの3回が日帰りであったので、この回より1泊2日となる。お客様も少し緊張する回かもしれない。淡路SAで休憩後、17番井戸寺に11時に到着。全国的にも珍しい七佛薬師がご本尊で、大師の面影の井戸でも名高い。山門も蜂須賀公の大谷別邸のご門を移築したとあって豪壮なものだ。本堂で堂守のおば様にご挨拶してお勤め。お会いするのも久しぶりだ。20番鶴林寺に向かう道中でお弁当を摂っていただく。いつもは、通称みかん山を登っていくのだが、日本交通バスは迂回して走る。お参り後は、笈摺の背に鶴の朱印を押していただく。39番延光寺の亀の朱印とセットにするのがお勧め。21番太龍寺へは川越、山越のロープウエイで10分、毎時0分、20分、40分に発車する。ギリギリ12時40分発に間に合った。下りは、15時40分発と伝える。本堂は昨年の台風で巨木が折れて本堂を直撃、未だ工事中で仮本堂でおまいり。大師堂は、高野山の奥の院と同じ配置で「西の高野」といわれる由縁だ。鶴林寺の三重塔の屋根が遠くに確認できる。良く手入れの行き届いた境内に紫陽花が満開だ。下界とは気温が違うのを実感できる。なんとかもう一ヶ寺行けそうと、23番平等寺を目指す。16時20分頃に着けそうなので、大師堂で蝋燭、線香を供養してから本堂に上がるようにお伝えした。16時半を過ぎると、安全のため火の気は自粛する「運心」でお願いすることになるからだ。本堂では、「びんずるさん」の話や「遍路は春の季語」の話で盛り上がった。打ち止めは17時丁度。お宿は眉山の麓、「偕楽園」、夜の「阿波踊り会館ツアー」に参加したお客様も半数ほどいらっしゃったようだ。
大龍寺の紫陽花
24日、この日は大阪天満宮の「天神祭り」であり、俳句では「河童忌」、つまり芥川竜之介の命日である。そして和尚の66回目の誕生日なのだ。そう話すと、どっと沸いた。8時出発、18番恩山寺に向かう。大師の母公・玉依御前ゆかりの寺、ここで御髪を下ろされた。また、源義経が屋島の合戦に向かう上陸の地でもある。17番井戸寺で本堂に上がらせていただこうと声をかけたが、本日は「施餓鬼供養」の日と断られた。亭主殺しのお京さんの「黒髪堂」に案内する。残念ながら門前の「立江餅」も40分ほどしないと出来上がらないという。打ち止めは23番薬王寺、厄除けのお薬師さんとして全国的に有名で、和尚の師僧・砂原秀遍東寺長者の修行の寺でもある。厄坂の石段を上り詰め、本堂に。声を掛けて本堂に上がらせていただいた。護摩が焚かれていて、お客様は感動の面持ち、塗香をして差し上げ、作法を説明する。大師堂で打ち止めし、61段の還暦坂を上がり喩祇塔へ。五智如来を前に解説する。二階へ上がると、海亀が産卵にやってくる日和佐の海岸や日和佐城の景色が素晴らしい。昼食は薬師会館の松屋。帰路、洋菓子の「ハレルヤ」、淡路HWOで休憩して大阪へ。なんば17時半着、うだるような暑さの中のお参り、お疲れ様でした。合掌

太龍寺にて   山高く 紫陽花残る 太龍寺

平等寺にて   びんずるを 撫でて祈るや 夏遍路

薬王寺にて   厄坂に 1円並ぶ 夏遍路

薬王寺にて   厄臼に 年数突くや 夏遍路

                               河童忌に 我が生まれし 奇縁かな

2012年7月19日木曜日

中部阪急 西国4回 9~16番+元慶寺

平成24年7月17~18日

三室戸寺の睡蓮
岐阜、大垣、一宮方面よりのお客様27名と10時半に興福寺南円堂で合流することになった。到着を待っていると大阪阪急のバスが次々とやってくる。都合3台、10番、11番は同じ時間帯のお参りとなりそうな気配だ。9番南円堂から打ち始める。昼食会場の「喜撰茶屋」に向かう間にやっと朝のご挨拶。お四国や西国で和尚と一緒だtった方が4~5名いて心強い。「喜撰茶屋」は、宇治平等院のすぐそばなので、お客様の半数ほどが拝観を希望しているという。食事を含めて1時間半ほど時間を取ることになった。和尚は、食後のコーヒーを求めて、近くの「日の出園」に入ると、既に5~6名のお客様も。梅雨明け宣言の出た猛暑日とあって、そうゆっくりとは拝観もできなかった様子だ。しばし涼を取りながらのご詠歌談義。予定より早く10番三室戸寺へ向かう。駐車場にバスが3台、予想通りだ。花の寺として名高い三室戸寺の今は、蓮の花だ。本堂前に水鉢がビッシリと並べられ、花が咲いている。11番醍醐寺でも同様の込み具合、到着して出発するまで1時間半もかかってしまった。大阪組は醍醐寺で打ち止めだが、我々はもう一ヶ寺、番外の元慶寺が残っている。添乗員に電話を入れてもらうと17時までは待っていてくれるとか。ハラハラさせられたが、なんとか17時前にたどり着けた。
お宿は雄琴温泉「雄山荘」、8階の和尚の部屋から琵琶湖の景色が素晴らしい。
18日。夜明け前に起床、TVの天気予報では、今日も猛暑日、熱中症に注意と呼びかけている。朝の露天風呂を楽しんで、7時朝食、8時出発。14番園城寺(三井寺)の観音堂までの石段を登り切って、納経所に挨拶に伺うと、堂内でのお勤めをすすめていただいた。朝一番のお陰か。山内を歩き金堂へ。堂内を説明しながら拝観する。近江八景に謳われた「三井の晩鐘」が一打300円と云うので数名のお客様と試みる。重々しくも、荘厳な音色だ。
次いで、12番正法寺(岩間寺)への山道を登る。雷封じの観音様として有名だが、本堂前の池も由緒あるものだ。松尾芭蕉の『古池や蛙飛び込む水のおと』の古池が、これだというのだ。池の前に芭蕉直筆の句碑が立っている。
山を下り13番石山寺へ。和尚の所属する東寺真言宗の大本山だ。見所の多い寺なので、お勤めの後は時間を取って、自由に散策していただく。お昼は門前の「洗心寮」、名物の「しじみご飯」が美味しい。
午後からは京都市内、まずは15番今熊野観音寺。本堂に上がりお勤め。若い僧侶のミニ法話は後白河法皇の頭痛を平癒したところから枕カバーが授与品となっているとのPRも。打ち止めは16番清水寺、オフシーズンというが、観光客は多く、外国客が目に付く。本堂に上がると、東日本大震災の流木で彫られたという「大日如来」像がどーんと鎮座されている。観光客ばかりでおまいりする姿はほとんどない。ゆっくり山内を散策できる時間を確保し解散。16時まで自由行動だ。和尚は、電通の先輩が営む「村上喜宝堂」におもむき、お茶と冷菓で一服させていただいた。
16時に駐車場でお客様とお別れ、猛暑のお参り本当にお疲れ様でした。合掌

    三室戸寺にて  今まさに 睡蓮の寺 三室戸寺

 雄山荘にて   夜明け前 近江八景 夏の宿

 岩間寺にて   蝉しぐれ 芭蕉を偲ぶ 古池や

    園城寺にて   三井の鐘 響き届けや 夏の雲

   園城寺にて    園城寺 読経の声 蝉の声

2012年7月12日木曜日

西国10回 28~29番 西大寺発

平成24年7月11日

成相寺の孔雀明王
JR奈良~西大寺ルートでお客様は40名、そのうち10名ほどがかって和尚と一緒の方。阪急から宝塚ルートと梅田ルートから各1台、合計3台のバスが向かっている。赤松PAで休憩を取り、一気に28番成相寺を目指す。ほとんど同時に3台が到着し、奈良組は最後だ。宝塚組のお勤めを待って、梅田組と合同でおまいり。内陣で「地獄絵図」の展示がなされており、拝観する。お客様には左甚五郎の「真向きの龍」が人気だった。納経に時間がかかったっが、山を下り「シーサイドセンター」で天橋立の松並木を眺めながらの昼食。時間差を作るためゆっくりとお買い物も楽しんでいただいた。1時間ほどで29番松尾寺へ。本堂外陣でお参りのあと、内陣を拝観させていただく。お前立つの馬頭観音さんが迫力だ。ここまでは心配された雨もなく、よいお参りができた。少し降り始めたが、そんなには濡れずに済んだ。帰路、宝塚西トンネル付近で若干の渋滞にあったが、スムースに走れ、西大寺18時頃到着。合掌


 成相寺にて  緑濃き 天橋立 梅雨晴れ間

 成相寺にて  紫陽花や 今が盛りと 山の寺

 松尾寺にて  さみだれや 馬頭観音 青葉山

2012年7月10日火曜日

中部阪急 逆打ち7回 36~24番

平成24年7月7~9日

愛知県各地からのお客様36名一行にお供することになった。合流ポイントの新大阪発8時17分のひかり493号に乗り込み、添乗員と打ち合わせ。昨夜からの雨も上がり徐々に青空が広がっていく。岡山でマリンライナーに乗り換え坂出駅に。高知県交通バスが、待っていてくれる。アシスタントがいないと気にかかっていたが、なんとバスのガイドさんが、納経の補佐をやってくれると云うのだ。12時半頃、青龍寺近くの「三陽荘」に到着、まずは腹ごしらえだ。打ち始めは36番青龍寺、マイクロで門前まで送ってもらう。横綱朝青龍の明徳義塾相撲部が、うさぎ跳びで登ったという170段の階段を、ゆっくり登り境内に。下りは、スロープを使い「恵果堂」の前に出る。弘法大師の師である真言七祖恵果阿闍梨をお祀りしてある。お四国で「恵果堂」があるのは此処だけだ。お大師が、恵果阿闍梨の報恩の為に建立したと云われる寺であるだけに、寺名も唐の長安・青龍寺にちなんでいる。35番清滝寺には、麓のスパーマルナカの駐車場でジャンボタクシーに乗り換えて細い山道を登る。カーブも曲がり切れなくて、2~3度は切り返しのポイントがある。お客さんは冷や冷やだが、ドライバーさんは馴れたものだ。勤行後は、境内に立つ薬師如来の台座に造られた戒壇巡りを体験してもらう。漆黒の闇の中を上がったり下ったりする小さな段差の階段を、足元に気遣いながら、右手を壁に添え一周してもらうのだ。和尚は出口で、お迎えするのだが、出て来た時の安堵の表情が素敵だ。34番種間寺に向かう「あじさいロード」に期待していたのだが、残念ながら花は既に終わっていた。安産祈願のお寺とあって、無事出産後に奉納された底の抜いた柄杓が、子安観音像の周りに並んでいる。結構高齢出産で、40歳代の方もチラホラ見受けられる。16時打ち止め。桂浜に向かい、記念撮影の後は自由散策に。17時半高知プリンスホテル入り。
8日 8時出発。33番雪渓寺は、長宗我部家の菩提所、隣接の秦神社も元親親子を祀る。この辺りは長宗我部の霊場と云える。32番禅師峰寺は、行基菩薩(禅師)が開いた峰の寺と云うことなのだが、地元では「峰寺」だ。境内からの景色も素晴らしい。31番竹林寺は、『坊さんかんざし買うを見た』の「おうま・純信」の恋物語ゆかりの寺であるが、五台山の頂上近くにあり緑豊かな雰囲気の良いお寺と云う方が勝っている。本堂・大師堂の後に、五重塔や一言地蔵に案内する。30番善楽寺に着くと、バス3台が先着し、狭い境内はお遍路さんで満ち溢れている。3台は、島根からの一行と云う。隙間をぬって、大師堂から本堂へとお参りするが、さすがに納経は遅れてしまった。早めに入って欲しいと云われていた昼食会場の「土佐海」に入れたのは、真にお昼時。29番国分寺は、別名「土佐の苔寺」杉苔が美しい。和尚の錫杖や網代笠の面倒を見て頂いたお店が門前にある。顔を出すと親父さんが急逝したという。聞けば末期癌だったとか。息子さんが、お店を切り盛りしていらした。28番大日寺へ150mの上り坂、本堂の扉が開いていたので、覗いて声を掛けると本堂でおまいりしても良いと云う。和尚も数十回来ているが、初の体験だ。外陣に座り、彩色された本尊大日如来をお客さんと有難く拝ませていただいた。奥の院まで足を延ばし「爪彫薬師」を拝む。涌く霊水も咽にさわやかだ。1時間程走って、打ち止めは27番神峯寺。マイクロに乗り換えて山門近くまで。駐車場から参道を登ると、水谷繁治・しづ夫妻の「報恩の碑」が待っている。長年、脊カリエスを患っているしづさんがご縁を頂いて、この寺で歩くことができるようになったと云うのだ。同郷の方の話とあって、お客さんは感概深げだ。「神峯の水」をいただき、汗を拭い、呼吸を整えてのお参り。打ち止めは16時半。麓まで戻り、地場産品直売「神峯」でお買いもの。一番人気は「お遍路さんのピンバッチ」かも。お宿は、土佐ロイヤルホテル。近くの阪神タイガースのキャンプ地安芸を通るのだが、大半が中日ドラゴンズのファンなので、無視されてしまう。このホテルの露天風呂は広々とし、海洋深層水を使ったお風呂もあって大満足だ。
9日 朝湯を楽しんで、7時半出発。26番金剛頂寺に向かう。国道からの進入路、2km程が離合できない狭い道路なので、門前駐車場に店を出す「はらみたや」に電話し状況を確認する。すると、青バスが2台下って来ると云う。これは始めてのことだった。この寺の本堂は、雄大で荘厳もキッチリとして見事だ。本尊薬師如来(お前立)の向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩、さらに十二神将の拳族を配置し、右前には不動尊護摩壇、左に愛染明王だ。両部曼荼羅もあって和尚の説明にも力が入る。お参り後は、「はらみたや」のアイスクリンに列をなし、自慢の五鈷杵のペンダントや手造りのさんや袋も良く売れていた。何しろ親父さんの手が起用で、なんでも手造りしてしまうのだ。25番津照寺の石段は予告していたより大変だったようだ。総数は120段位なのだが、踏み幅が狭く歩きずらい為かと思う。ガイドさんが、門前のスーパー「夫婦善哉」の芋天麩羅が美味しいというので買ってみた。100円で5切れ入り、本当にお薦め商品だった。いよいよ24番最御崎寺で打ち止めだ。説明ポイントが多く、困ってしまう程の名刹だ。突かせていただける梵鐘も腹に響く良い音色だが、本来の梵鐘は何度もNHKの除夜の鐘に登場した名鐘なのだ。大師堂の脇に「一畑薬師」が勧請されている。
ついで、麓の御蔵洞に案内する。『三教指帰』にも登場する大師の修行の地だ。海に向かって二つの洞窟がある。和尚もガイドさんも向かって左が修行の場と思っていたが、納経所で聞くと左は居住地で右が修行場と云う。左は奥深く、スペースも広い。中から見る外の光景は、空と海しか見えず、これぞ「空海」と思っていたのだ。右は、奥行きも浅く、風雨にさらされる。その意味では、修行地にふさわしいのかも知れない。さらに海辺に降りて、岩場の間に設置された遊歩道を歩いて、昼食会場の「ホテル明星」に向かう。途中にある「弘法大師行水池」を見るためだ。お大師が御蔵洞での禅定中に、明星が口に飛び込んできたという。それから取ったネーミングで「あけのほし」と読む。
坂出まで戻り、岡山経由の帰路だが、岡山駅でお別れする。お客様は13号車、和尚は自由席で5号車と云う訳なのだ。天気予報では、梅雨の晴れ間の数日間とは言っていたが、まさしくそのど真中。心温まるお参りができました。お心遣い頂き、本当にありがとうございました。合掌

出発前    七夕に 逢えぬ二人の 涙雨

土佐路にて  早稲青く 生姜緑に 土佐のみち

三陽荘にて  子供らの 水浴び待つや 土佐の海

御蔵洞にて  お大師の 行水池や 夏の磯

(写真は、上は竹林寺の五重塔、下は最御崎寺の一畑薬師)

2012年7月4日水曜日

四国7回 38~43番 堺発

平成24年7月2~4日

和尚は堺から合流、お客様は31名、もう1台泉南から出ている。8時前に堺を出発し、3回休憩してやっと39番延光寺にたどり着くという、お四国で最も遠いコースだ。延光寺に着いたのが15時過ぎだから、その遠さが分かるというもの。このコースには、日本有数の清流・四万十川の川下りのオプションがついている。幸いお天気で上々のタイミング。38番金剛福寺の参拝は時間切れだが、日も永いので岬の散策と記念撮影は、夕方に済ませることにした。お客様も大賛成だ。30分ほど掛けて岬を廻る。もう蝉しぐれがすごい。それにウグイスの声が重なる。四国最南端の景色を堪能してホテル入り、定宿のサニーサイドホテルだ。断崖にへばりつている構造なので、部屋からの景色が素晴らしい。夕食時には、鳴子踊りが披露され、飛び入りで参加するお客様も。
4日は、金剛峯寺のお参りから。大師堂横の五智如来像や五輪塔等の説明をする。本堂に廻りお参り後は、側面から裏手に祀られている五智如来、十三佛などの仏像群を拝観する。足摺岬を打ち戻ると、土佐清水港だ。黒潮市場でお弁当を積み込むのだが、ここの名物は「鮪のかぶと煮」。「試食もあるからお試しを」と話しておいたが、一人で4~5箱抱えている人もあるほど好評だった。
40番観自在寺へのルートをドライバーさんは海岸線の国道321号線を選んだ。景色も良いし、信号がほとんどないので、快適なドライブだ。10時半過ぎ観自在寺着。平城天皇ゆかりの寺で、御髪塚もある。ここでは、薬子の乱の話をさせてもらうことにしている。本来の名物は、大師が掘られた六字名号の宝印で刷った手ぬぐいだ。病気平癒に霊験ありで枕の下に敷くのが良いという。大師堂の周囲がお四国のお砂踏みとなっており、皆で一周する。
41番龍光寺までに間に昼食を摂り、参道を登る。下りは、風月庵でお茶をいただきながら、お饅頭の品定め。新発見は最中の美味しかったこと。あっさり味で、お裾分けの添乗員の声もgood!
42番佛木寺の新しい山門に圧倒される。43番明石寺へのルートが、延長された高速道路を使うと15分そこそこで行ける。いままでは山道を曲がりくねって行っていたのを思うとびっくりだ。本堂がシートに囲まれ補修中。打ち止めなので、大師宝号を多目に唱える。雨の心配をした一日だったが、バス車中では窓に雨は打ちつけたが、お参りになると雨は上がり、傘の必要もなかった。日頃の行いのお陰と、皆で自画自賛。車中でのテルテル坊主の歌が良かったとの声も。明るく、楽しい旅でした。合掌

延光寺にて  赤亀の 朱印背に押す 夏遍路

足摺岬にて  足摺の 岬巡りや 夏夕陽

岬巡りにて  早ばやと 蝉しぐれか 岬道

金剛福寺にて 朝一番 補陀洛東門 夏遍路

(写真は、明石寺の夫婦杉)



読売和歌山 お礼参り

平成24年7月1日

和歌山からのお礼参りの一行が38名、合流地点は道の駅「紀ノ川・万葉の里」(万葉集にこの地を詠じた歌が15首程あるというところからのネーミング)。
9時半頃には到着というので、和尚は自宅を7時過ぎに愛車で出発した。余裕を持ってのつもりではあったが、スムースに走れて1時間ほどで着いてしまった。道の駅の軒下に燕が多く巣を作っていて雨の中を親が餌を求めて飛び回っている。それを眺めながらご詠歌の練習で時間を費やす。
9時25分にバスは出発し、妙寺駅で5名様を乗せ九度山ルートで山登りだ。道幅も狭くカーブも多いので、ドライバー泣かせでもあり、お客様の乗り物酔いも発生する。10寺半に大門到着、ここから高野山ガイドが乗車。高野山では、公認ガイドがついて案内するのが必須なのだ。中の橋より奥の院へ、まずは記念撮影。ガイドさんが、先頭切って大きな声で案内しながら進む。和尚は、最後尾について迷子予防だ。雨もほとんど上がり、傘の必要もない。御廟から地下法場とお参りし、バスに戻ったのが12時半過ぎ、2時間ほどかけてのお参りだった。「一の橋観光センター」に立ち寄りお買いもの、昼食場所の金剛三昧院には13時過ぎに到着した。食事を済ませ、お軸の表装などの発注を済ませたお客様と国宝の多宝塔を前にしばし解説。
金剛峯寺前の駐車場にバスを停め、1時間半の自由行動。金剛峯寺にお参りに行く方、買い物に走る方など様々だ。和尚は数名の方と中門の作業室を見学、日曜日とあって宮大工さんはお休み。特別に室内の見学をさせていただいた。檜の香りが満ち満ちて、木組みの細工も素晴らしい。ついで、隣の「高野山の霊木の家」を見学、高野山の霊木を7~8割使用して建築したという家で、建築費用は、坪単価は100万円とか。「宝くじでも当たればね~」との声も。
15時半、お山を下り妙寺駅経由万葉の里。17時にお客様とお別れした。満願おめでとうございます。合掌

万葉の里にて  雨ついて 餌を運ぶや 親燕

奥の院にて   さみだれや お礼参りの 奥の院

(写真は、金剛三昧院の国宝の多宝塔)

2012年6月28日木曜日

近畿三十六不動尊巡拝 第1回 1,2番+33,34番

平成24年6月27日

近鉄大阪線に沿って、伊賀上野から五位堂まで、数ヶ所でお客様を乗せ、五位堂を9時に出発。近畿三十六不動尊巡拝のスタートだ。10回シリーズの第1回、企画当初から相談を受けていたので、スケジュールも調整して、和尚が全て先達をすることとなっている。お客様は21名。初回とあって、勤行次第を手作りで用意した。1番天王寺、2番清水寺、33番七宝瀧寺、34番根来寺の4ヶ寺を巡るコースだ。四天王寺鳥居前の「大阪綜合美術」の佐野社長が、なにかと面倒を見てくださる。南大門から入り、亀井堂へ。亀井不動尊は50cmほどの石仏で、水掛け不動なので緑の苔に包まれている。納め札は「六時堂」にと聞いたが、お経をあげていると女性職員が三宝を持ってきて預かってくれた。中門から出て2番清水寺に向かう。星光学院の裏手にあり、通用門から入る。その方が分かり易いとの佐野社長のアドバイスだ。バスも学院前に誘導しておいてくれるという。市内唯一の「玉出の瀧」の奥にお不動さんが祀られている。瀧は、四天王寺金堂下の清龍池から流れ出ているとされる「白石玉出の霊水」が300m離れた地下を流れて瀧になっているといわれる。景観としては京都の清水寺の瀧とよく似ている。高速道路に入り、お弁当を摂りながら、七宝瀧寺に向かう。駐車場から30分は歩くと覚悟していたが、手前の「本堂へ」の看板に従って、車幅一杯の参道に進入してしまった。中型バスでやっという道をゆっくり登る。ドライバーさんも戻るに戻れず、覚悟を決めて前進あるのみ。やっとたどり着いて、若い僧に聞くと、「そのルートで正解です。大型バスは無理ですが」との返事、我々は歩く距離が短くなって喜んだが、ドライバーさんは「もうコリゴリ」とか。本堂から「行者の瀧」へ100m、大迫力で水量も多く、傍らに「役の行者像」が建つ。仏教稲門会の重鎮である東條仁哲管長にご挨拶をと訊ねたが、不在とのことで名刺を託した。24番根来寺の不動堂は駐車場のすぐそばにある。「錐もみ不動」とか「身代わり不動」とか呼ばれる秘仏である。顔なじみの尼さんにご挨拶に行くと「供酒」を下さった。お堂で勤行後、折角だからと国宝の根本大塔や、伝法堂、大師堂を拝観する。さすが興教大師の新義真言宗の総本山だ。趣が素晴らしい。14時半打ち止め。17時前に自宅近くのバス停でお別れ。これからも元気でがんばりましょう。合掌

四天王寺にて  苔むして 水掛け不動 亀井堂

清水寺にて   みなつきや 三筋に落つる 玉出瀧

七宝瀧寺にて  さみだれに 飛沫は高し 行者瀧

根来寺にて   大塔や 凛とそびえる 梅雨の空

(写真は七宝瀧寺の行者瀧と役の行者像)

読売奈良 逆打ち6回 56~46番 東生駒発

平成24年6月24~25日

奈良から2台のバス、各々39名のお客様。和尚のバスは1号車で、天理~近鉄奈良~JR奈良とまわり東生駒にやってくる。東生駒7時50分発、淡路SA、吉野川HWOで休憩してお弁当、大和郡山の「味の大和路」製で、ご飯が大仏の手の形に盛り付けてあるのが特徴だ。56番泰山寺に12時半に着いた。55番南光坊、54番延命寺の今治3ヶ寺と53番円明寺、52番太山寺の松山2ヶ寺が初日の目標。泰山寺には大阪阪急が2台先着している。奈良読売2台は合同で、本堂、大師堂とおまいりする。南光坊の四天王像はいつ見ても堂々として迫力がある。15時前に今治を離れ松山に向かう。50分ほどで53番円明寺着、本堂に左甚五郎の龍頭の写真が額装されている。お陰で、説明が楽になった。大師堂の鬼瓦に驚き、キリシタン石塔に納得するお客様のいつもの表情だ。52番太山寺は、小雨の中、駐車場からなだらかに登って行く。本堂でおまいりしていると、2号車が到着、大師堂へ向かって行く。しばし、大師堂下の休憩所へ集まってもらい、2号車のお勤めが終わるまで待機しながら、お念珠の作法を説明する。大師堂の前に、拝殿が設置されたのだが、40人も入れば一杯なのだ。お参り後の下りが大変だった。上りは良いが、下りは斜めに降りないと無理というご婦人に腕に掴まってもらい、「道行き」。75歳を過ぎて急に駄目になったという。列をなして「一畑薬師」で眼のご祈願、昨日から歳の数だけ「め」と納め札に書くように話しておいたのだ。17時過ぎ打ち止め。お宿は、道後温泉・ホテル葛城。2号車に西大寺駅中の「豊祝」での飲み仲間が二人参加しており、今治風焼き鳥「番鳥」に繰り込んだ。和尚は、9月に開催される「先達全国大会」前夜の夕食を予約。
25日、2台のバスの添乗員が一人づつ先取り納経。51番石手寺では、逆打ちで集中するこの時期の対応として、6時半から納経を受け付けているのだ。昨日の「道行き」のご婦人から「栗焼酎」とおつまみのご接待、昨夜の温泉街の散策で仕入れた様子だ。門前に並ぶお店の中に「棕櫚」を素材に手作りの「仏壇磨き」を商っている店がある。先週もご紹介するとよく売れていた。親父さんから「後で、寄って」と声がかかる。雨が降っているので、国宝の仁王門の軒下を借りて記念撮影する。本堂~大師堂と回って宝物館で「衛門三郎の玉の石」等拝観。ついでお庭の「天竺仏像」(お釈迦様の一代記)を解説して回る。棕櫚の親父さんから仏壇磨きのご接待、常徳寺の仏様専用にさせていただくつもりだ。50番繁多寺は、駐車場が満員で入れない。とりあえずお客様と下車し本堂へ。大師堂前では、興教大師覚鑁上人像と新義真言宗について説明。49番浄土寺では、鐘楼の軒下に集まって勤行。大阪阪急、福岡阪急と合わせ6台のバスが同じコースを回っていて、和尚のバスは最後尾にいたのだが、先取り納経のお陰で、福岡阪急2台に先行することができた。48番西林寺の弁天池の蓮の花はまだ蕾状態、47番八坂寺へは歩き遍路、そして、いよいよ打ち止めの46番浄瑠璃寺。本尊薬師如来の脇侍である日光・月光菩薩が男性の化身か女性の化身かを問う。女性が日光菩薩、太陽の化身であるから、家庭の中心で輝かなければならないと自覚を促す。大師堂の「真魚像」(稚児大師像)を順に抱っこして祈願し、弁天池(蓮池)へ。例年より少し遅れ気味とかで、やや期待はずれ。12時過ぎ打ち止め。門前の「長珍屋」で昼食、温かいにゅう麺とちらし寿司に鯛の煮付け、和尚の好きなメニューだ。13時出発、「ハタダのお菓子館」に立ち寄りお買い物。吉野川SA,淡路SAを経由して帰路に。午後からは雨も上がり、淡路島を通過する17時頃には、日も差してきた。19時頃東生駒着。合掌

浄瑠璃寺にて  さみだれに 睡蓮開く 浄瑠璃寺

(浄瑠璃寺のいぶきびゃくしん・樹齢1000年)

2012年6月27日水曜日

四国のうた 庵治

温泉(いでゆ)音頭

1.割って磨けば ひとしをに
  色香あふれる 玉の肌
  そっとふれたる 指先の
  離れがてなる 庵治の石

  エンヤコラ ドッコイショ
  ソラ出た  ドッコイショ
  ヤンレコラ ドッコイショ
  どどんと出た ドッコイショ
  庵治に湯が ドッコイショ

2.讃岐みなずき もちの月
  のぼる屋島の 磯めぐり
  渡るみこしの 波わけて
  千々の灯ゆれる 船まつり

  お囃子繰り返し


江のま小唄

  私しゃ 江の浜 荒磯のたこ
  からみついたら 離しゃせぬ
  今宵行く人 あの窓あたり
  大阪通いの 船あかり

四国12回 79~88番+1番 なんば発

平成24年6月22~23日

梅田~なんばルートの結願の旅、お客様は43名。和尚はなんばから乗車すべくマイカーで自宅を出たが、阪神高速が事故渋滞、早めに出ていたので遅刻することはなかったが、少しイライラする出だしとなった。8時30分出発、龍野西SAで休憩後瀬戸大橋ルートで讃岐入り。まずは、「さぬき麺業宇多津店」で早めの昼食。車中で「釜あげ」「ざるうどん」「冷やしぶっかけ」の選択をしてもらうのだが、「讃岐うどんの本流は釜あげです」と和尚が言ったせいか「釜あげ」希望が圧倒的だった。車中で「いろは歌」の練習をしておこうと思ったが、なんとバスにCD機能がついていない。やむなく、和尚のアカペラで紹介するに留めざるを得なかった。
順打ちで79番天皇寺、80番国分寺、81番白峰寺、82番根来寺、83番一宮寺と5ヶ寺を廻る。天皇寺と白峰寺は崇徳上皇のゆかりの寺、白峰寺には御陵もある。根香寺は、進入路の拡幅工事で、山門までバスは入れない。我々は山門から下った付近に、脇から入ることになる。トイレが山門のさらに上にあるので、お客様にはご不便をお掛けしてしまった。根香寺から一宮寺に向かうのに、バスは鬼無に下るルートを選択、和尚も初めてのルートで、お客様には「日本一の植木と盆栽の町」ですと紹介したがやはり大廻りの感があった。一宮寺に着いた時には16時半を過ぎていたので、「運心」でローソク、線香のご供養はご遠慮いただいた。大師堂ではいつものように、一人一人に鐘を叩いて下さる。和尚は「遅くなってごめんなさい」と一言。護摩堂の不動明王を拝ませていただいて、一列に並んで「地獄の釜音」を聞く。17時15分打ち止め。お宿は、「庵治観光ホテル・海のやどり」小じんまりとして和尚の好きなホテルの一つだ。海の眺めも素晴らしい。訪ねてくれたさぬき市の先達さんと歓談。

白峰寺にて  紫陽花や 思い偲ばる 崇徳陵

ホテルにて  梅雨遍路 鳥に目覚める 庵治の宿

ホテルにて  梅雨晴れや 鳥が誘う 露天風呂

23日、8時出発。15分発の八栗ケーブルに乗り、車内放送の「いろは歌」に合わせて歌う。ぶっつけ本番だ。今日は、85番八栗寺、86番志度寺、87番長尾寺と打って、84番屋島寺をお参り後、門前の「南山」で昼食。事前におすすめしておいたので、「石丸うどん」の半生が馬鹿売れだ。(半生3ヶ1000円)おかみさんから「オリーブ製品もおすすめ下さい」とハンドクリームを持たされた。いよいよ結願の88番大窪寺。記念撮影をするのだが、昨夜の雷でパソコンが故障したとかで、写真がすぐ出来ない。写真屋さんが郵送サービスするという。「結願の証」を求める方も14組、結構ご夫婦連名も多い。和尚は、門前の「飛猿閣」に「ようおまいり」を15冊お届けした。先週売り切れてしまったからだ。
1番霊山寺に戻り、尼さんの成満の法話を聞く。オリジナルの「満願の証」も8組。打ち止めは16時45分。淡路HWOで休憩し、梅田19時30分、なんば20時。梅雨の晴れ間の2日間、雨を予想して網代笠を於いてきた和尚の頭は、日焼けでバリバリだ。
なにはともかく、結願の皆さまおめでとうございます。合掌

八栗寺にて  紫陽花の 迎える寺や 五剣山

大窪寺にて  紫陽花や 結願遍路 大窪寺

2012年6月19日火曜日

読売奈良 逆打ち6回 56~46番 大和八木発

平成24年6月17~18日

今回のコースは、近鉄大阪線ルートでも云うのか、三重県桔梗が丘から榛原~桜井~大和八木~橿原神宮前と廻ってお客様を乗せて行くのだ。和尚は、大和八木乗車を選択。お客様は34名。バスは3台出ていて、乗車地を少しづつ変えている。和尚は2号車、かって御一緒した方が3名いらしゃった。室津、入野PAの2ヶ所で休憩、56番泰山寺へ13時前に到着した。今治市の3ヶ寺と松山市の2ヶ寺をまわるのが本日の目標。55番南光坊、54番延命寺と打って15時、松山へ走る。情報によると、読売3台に阪急、JTBが各1台、合計5台が同じコースを巡っているらしい。53番圓明寺、52番太山寺とお参りし、打ち止めは17時過ぎ。何とか間にあった。太山寺が勧請している「一畑薬師」は眼のお薬師として信仰を集めている。バスの中で、納め札に歳の数だけ「め」と書いておくように話しておいたので、小さなお堂の前に行列が出来る。ご夫婦で参加のご主人が奥さんに抱えられふらふらしている。どうされたかと、腕を抱えバスまでお連れした。糖尿病による低血糖の症状が出たのだとか。すぐ糖分を補給してホッと一息の様子。お宿は、道後温泉「葛城」。18時前には、皆さん部屋で落ち着かれた。今回の添乗員は、いわば「姫とじい」の漫才コンビ、ドライバーさんの相の手も入り爆笑に包まれながらの走行で、愉快なお参りとなっている。和尚は、食事の後、温泉を使いバタンキューと早寝。
18日、爽快に目覚めて、朝風呂へ。5時半から開場を待って、和尚をはじめ気の早いお客が10名ほどたむろする。6時半からの食事作法は、3台分100人を超える大合唱。超迫力。
7時半出発。昨日は5台が適当に時間差があって混乱することはなかったが、2日目は一斉にスタートなので朝から大混雑。添乗員の一人が、先行して納経に走るがお参りの方はどんじりだ。51番石手寺で記念撮影、本堂、大師堂、宝物館と案内。「衛門三郎再来の石」には興味をそそられるようだ。50番繁多寺でも、少し待っておまいり。49番浄土寺、48番西林寺は、境内に木陰が無いので、日差しがこたえる。47番八坂寺へは、駐車場から数100m歩いて往復、迷子にならないように、曲がり角を確認してもらう。大師堂では、阪急組と合同でお参り。顔なじみの先達さんなので、声をかけたのだ。46番浄瑠璃寺の「抱き真魚像」を順に抱っこしてご祈願、蓮池を除くと蕾の中に、数輪の花も。来週は素晴らしいと、にやりとする。来週も読売奈良の同じコースに添乗する予定なのだ。打ち止めは12時半、門前の「長珍屋」で昼食、歩き遍路でお世話になったお宿だ。「ハタダのお菓子館」で買い物を楽しんで、帰路に。高速道路もスムースで、阿波PA、淡路HWOで休憩し、橿原神宮前19時到着。驚異的速さだった。笑いに包まれ、楽しいおまいりでした。合掌

道後にて   さみだれや そどろ歩きの 道後の湯

石手寺にて  梅雨晴れや 石手寺の山 大師像

太山寺にて  さみだれや 緑清々 太山寺

太山寺にて  眼の薬師 列して祈る 梅雨遍路

浄瑠璃寺にて 白や赤 咲き始めなり 蓮の寺

(写真は、浄瑠璃寺の蓮一輪)

2012年6月15日金曜日

逆打ち5回 65~57番 五位堂発

平成24年6月12~13日

和尚の最寄り駅である五位堂から33名のお客様と7時45分出発。始発地が大和八木なので、そこからのお客様に配慮して、まずは香芝SAでトイレ休憩。淡路島の室津PA、吉野川HWOに立ち寄って車中昼食後、いよいよお参り開始。雨のそぼ降る中、マイクロに乗り換えて65番三角寺へ。梅田から1台出ているが、和尚のバスが先着、64番前神寺、63番吉祥寺と順調にお参りを続ける。吉祥寺では、八角堂のお参りが必須。六福神が祀られていて、本尊・毘沙門天と合わせ七福神参りとなるからだ。62番宝寿寺はバス駐車場がないため路上駐車となる。進行方向とは逆向きになるが、寺側のバス一台停まれる空き地に駐車できた。進行方向では、閉店中のドラッグストアの前に駐車することもできるが、そうすると国道11号線を横切らなければならなくなる。横断歩道も無いので危険極まりないのだ。打ち止めは、61番香園寺、大聖堂に上がり大日如来のお姿などについて説明する。本尊前で読経の後、厨子の中のお大師さまの前に移動していると、梅田組がやってきた。少し待って2台合同でお参りすることにした。別々にお勤めすると、反響でどうしようもなくなるからだ。和尚が「頭」を取り、反響を確認しながらゆっくりとお唱え、大合唱だ。16時30分打ち止め。「ハタダお菓子館」でお買い物を楽しんで、お宿のホテル奥道後へ。終日小雨が降っていたが、明日は上天気になるとの予報だ。
13日、7時30分出発。60番横峰寺へ。梅田組と共にマイクロ3台に分乗して林道を30分登る。駐車場が境内より相当高い所にあり、行きは下りで楽だが、帰りは登りとなる。足に不安のある方は、無理をなさらないようにと念を押す。昨日の雨に誘われたか、大きな山ミミズが参道のあちらこちらに出没し、御婦人たちの悲鳴が聞こえる。手洗い場が離れているので、全員に塗香をし、作法も教えて差し上げる。残り三ヶ寺は、今治市となるため行程上、昼食を先に摂るのだが時間が早すぎる。会場の「りんりんパーク」到着は11時前、まずはお買いものTIMEとして、その後昼食。梅田組のお客様としばし立ち話。日差しが強くなってきたが、59番国分寺は、日陰の少ない境内だ。人気は握手修行大師とお薬師の薬壺、長い行列を作って各々ご祈願。58番仙遊寺、御住職ご自慢の「西浄」、つまりトイレのエピソードを紹介する。『月夜の晩は「肥桶」を担いで捨てに行くのが日課、自分の代になったらトイレだけは良いのを作ると「肥桶」を担ぎながら決心した』と云う先達研修会での講演を和尚は良く覚えているのだ。お大師像の廻りのお砂踏みを皆で試みる。駐車場から「しまなみ海道」が良く見えるほどの上天気だ。打ち止めの57番栄福寺へのどかな田圃道を歩く。梅田組に追い抜かれたが、これはいつもの和尚のペース。折角だから、あれもこれもとつい遅くなってしまうのだ。門前の田中人形店で、お客様よりご接待のアイスクリンをほうばり涼を取る。無事、打ち止めて「しまなみ海道」経由帰路に着く。20時過ぎ五位堂着。お疲れさまでした。合掌

三角寺にて  梅雨に濡れ 逆打ち遍路 伊予の路

横峰寺にて  梅雨晴れ間 一鳥の聲 山の寺

(写真は 仙遊寺のお砂踏み大師像)

2012年6月11日月曜日

阪急中部 西国3回 5~8番+法起院

平成24年6月11日

名古屋方面からの西国3回のバスが3台、和尚は2号車。針テラスで待ち受ける。先達3名、アシスタント3名が待機。和尚は2号車で、お客様は35名。名阪道路での事故渋滞との連絡が入り、予定より30分遅れの模様。この程度ならば、予定のお参りには支障はないと安心する。10時半頃、針テラス出発、1,3号車は、5番からお参りし、和尚の2号車は逆打ちで番外の法起院、8番長谷寺からお参りすることになった。
長谷寺の駐車場に着いてみると、大阪阪急から4台のバスが出ていることが判明、納経時間のロスタイムが気にかかるところ。法起院から長谷寺と廻ったが、事前に和尚の携帯電話番号を迷子予防に伝えておいて大正解、お一人が迷子になり電話が入った。すぐ対応できて、予定より10分程度のロスで済んだ。7番岡寺に向かう車中で昼食、岡寺では本堂に上がり、ゆっくりと参拝。
6番壺阪寺は、和尚のペースだと1時間はたっぷりかかる。本堂で、京都発の1台と合同でお参りをする。お寺には先着していたのだが、多宝塔や釈迦堂の御一代記の絵説き解説で追いつかれてしまったのだ。山内を一巡して打ち止めの5番葛井寺に向かう。
葛井寺の本堂は貸し切り状態で外陣を占領、千手観音御真言を7遍唱え16時半頃打ち止め。
事前に説明していた為か、門前の葛(くず)井餅が良く売れる。今日のコースでは、お土産を買うポイントもなかったので、尚更のことだろう。
和尚とアシスタントは、香芝SAでお別れ。「正覚山日泰寺は名古屋人の誇りですよ。大事にしてください」と縁起を説明して強調しておいた。梅雨入りにも拘わらず、この3日間は雨に会わずにお参りできた。お客様の日頃のご精進の賜物です。合掌


葛井寺への道すがら 燕の巣 糞箱やさし 寺の道

(写真は壺阪寺、天竺渡来の釈迦三尊石像)

2012年6月10日日曜日

東京阪急 西国2回 4,6~9番+法起院

平成24年6月9~10日

東京からのお客様が、新幹線を使い三河安城からバスで飛鳥に来るというので、明日香村の石舞台近くのレストラン「あすか野」で待ち受けることになった。到着予想は12時を超えるとの事なので、最寄駅から飛鳥駅に向かい、路線バスで石舞台までのんびりとたどり着く。お客様のバスは予定より遅れ、13時頃の到着となる。食事作法の後、遅めの昼食、そして「石舞台」に案内する。梅雨入り後で天気が心配されたが、なんとかもちそうなので、難所の4番施福寺をクリアーすることにした。お客様は、37名。足に自信のない方は無理をなさらないようにと念を押しておいたが、多分無理だろうと思っていた方々も、頑張って登ってこられた。本堂で、念珠の話などしていると、もう来ないと思っている方々が次々とたどり着いてくる。これにはびっくり、感動ものだった。15時半から登り始めて、約2時間を要したが、全員怪我もなく無事下山。麓の「槇尾山観光センター」の名物「柿の葉すし」と「草餅」は完売。要望にお答え出来なかったお客様もでるほどだった。お宿は、橿原ロイヤルホテル。翌朝、早起きして、橿原神宮の朝参りをおすすめしておいた。いつもの「般若心経」の資料のコピー希望が5枚セットで40部、フロントで料金交渉する。規定では1枚30円と云うことなのだが、御接待料金といことで、10円にしていただいた。このホテルのお風呂は天然温泉で、最高だ。山登りの疲れを癒してくれることだろう。
10日は、7時半出発。最初に向かう6番壺阪寺の開門は8時半なのだが、事前にお願いして8時開門としていただいた。眼の観音様ということなので、眼病予防のお札など説明はしておいたのだが、お寺がびっくりするほど沢山のお客様が、申し込みされた。お参り後、折角だからと、石像群を順に案内する。1時間半ほどかかってしまった。説明が多すぎる和尚の癖が出たせいかも。7番岡寺でも、本堂に上がり込み、ゆっくりとお参り。龍蓋池から大師堂とまわり、8番長谷寺へ。少しでも時間短縮を狙い、長谷寺駅近くで下車し番外の法起院へ向かう。バスは、駐車場に回送してもらった。いつもは、長谷寺の駐車場に入り、そこから法起院へ下り、また長谷寺に戻るのだが、今回のルートの方が早いという先達仲間の声を思いだしての事だ。法起院の納経に時間がかかていたので、添乗員を残して長谷寺へ。「後で、添乗員が清算しますから」と声を掛けて入門。登廊をゆっくりと登る。納経所にも、声を掛けて舞台でお参りする。時計を確認すると12時前だ。30分後のバス集合として散会する。大半の方が和尚について、大師堂、元長谷寺、五重塔などをめぐり駐車場に。バスに納経に時間がかかっているとの連絡があったというので、ドライバーさんとお弁当を配り、食事を摂って頂くことに。打ち止めは、9番南円堂。13時半に到着し、ホッと胸をなでおろす。何しろ、14時半には、ここを出発したいと、昨日から聞かされていたのと、お客様の「阿修羅」に会いたいとの声を聞いていたので、その時間が確保できるかと内心、心配していたのだ。14時半に、バスを見送って本日は終了、天気にも恵まれて、良いお参りでした。合掌

壺阪寺にて  梅雨晴れや 天竺渡来 大観音

岡寺にて   梅雨入りや 皐月の古木 花咲けり

長谷寺にて  雨上がり 紫陽花蕾む 長谷の寺

(写真は、壺阪寺の石像。涅槃釈迦像から大観音像を望む)

2012年6月7日木曜日

阪急名古屋 四國9回 83~88番

平成24年6月5~6日

名古屋からの結願のコース。和尚とアシスタントは、名塩SAで10時半に合流。お客様は41名。朝のお勤めの後は、「いろは歌」の説明と練習、なにしろ予定では、2ケ寺目が85番八栗寺なので時間がない。86番志度寺から打ち始める。藤原房前が母親の海女の供養のために建立した千基の石塔のうち、残った石塔を案内する。お守りをされているお婆さんと久しぶりに出会い、握手。「あなたは、いつもお参りしてくれる」と喜んでいただいた。14時15分のケーブルで85番八栗寺に向かうが、バスの中で「いろは歌」のCDのことを話しておいたので、買い求める方が続出し、あっという間に在庫がなくなってしまった。これは、売り物ではなく、希望者に実費で分けてもらえるものなのだ。ケーブルカーに乗車し、流れる「いろは歌」に合わせ大合唱。84番屋島寺で本日は打ち止め。箕山明神である夫婦狸が人気、母狸のおっぱいをさすり乳癌封じのご祈願だ。参拝客の思いは同じと見えて、おっぱいのところだけがツルツルしている。16時に打ち止めして、お宿の「喜代美山荘 花樹海」へ。高松港を望む高台にあり、和尚は幼馴染のお嬢さんの結婚披露宴に来たことがある。夕食後、讃岐の先達さんが、訪ねて来てくれて、しばし懇談。売店を覗くと、お客様に推薦した「石丸うどん」が置いてある。口伝えに広まり、大量購入となった。和尚は、寝酒に綾菊酒造の「単式蒸留焼酎」を購入、原料の中に「もち麦(善通寺産)」とあるのが気に入ったせいだ。500ml・1000円。
6日の朝は、温泉に浸かり朝食。8時に出発し、83番一宮寺へ。大師堂をお参りすると、一人一人に向けて鐘をついてくれるのが清々しい。そして列を作って「地獄の釜音」を聴く。お薬師を祀る石厨子に首を突っ込むと「ゴー」という微かな音が聴こえるのだ。ほとんどの方が、聞こえたというが、なかには、解らないという方も。87番長尾寺では、重文の「石柱」(経憧)や静御前の剃髪塚など案内する。今年の鏡餅競争は、180kgの鏡餅を持って40m歩いた人が優勝だと言うと、皆びっくりされる。いよいよ結願所の88番大窪寺、「結願の証」の希望者も半数以上だ。ビフォア・アフターの記念写真を撮り、お参り。1番で、写真を買った人は、88番の写真と見比べるようにと念を押す。「飛猿閣」でお茶をいただきながらお買い物、和尚の「よう おまいり」が記念にと10冊ほど売れて、売り切れた。和尚は、「和顔施」と揮毫、買いそびれた方には、和尚から郵送することにさせていただいた。昼食を鳴門公園の「うづ乃屋」で摂り、帰路へ。勤行次第の解説などしながら走り、名塩SAでお別れ。合掌

志度寺にて   梅雨寒や 海女の石塔 志度の寺

八栗寺にて   いろは歌 声を合わせる 梅雨遍路

屋島寺にて       梅雨空や 箕山狸 屋島寺(やしまでら)

大窪寺にて   梅雨晴れや 結願の笑み 大窪寺

(写真は、屋島寺の蓑山明神)

2012年5月31日木曜日

四国のうた

オリーブの歌(小豆島)

1.夢もたのしいそよ風に 
  みどり明るいオリーブの
  枝がさやさやゆれている
   あゝ恋を知り恋に泣く
   島の乙女の胸のよに

2.いつかあなたとあの丘で
  姿やさしいオリーブの
  銀の葉かげにほほよせて
   あゝこぼれ咲きこぼれ散る
   白い花びら数えたね

3.瀬戸の岬に南欧の
  海をしのべはオリーブの
  実る葉風が君を呼ぶ
   あゝ青い空青い波
   小豆島山忘らりょか

逆打ち5回 読売奈良 65~57番

平成24年5月28~29日

2台のバスが出ているが和尚の1号車は、天理~近鉄奈良~JR奈良~東生駒のルート。いつもの西大寺は、2号車がまわるとのことで、和尚は東生駒で合流する。お客様は36名で、8時過ぎに出発。
最初の休憩は、淡路島の室津PA。道路の距離表示71.3ポイントのところに池があり、お大師像が迎えてくれる。一瞬のことだが、添乗員の案内にお客様から歓声。吉野川HWOで2号車と出会ってみると、西大寺の飲み仲間が2人乗っている。車中でお弁当を済ませ、65番三角寺へ。マイクロに乗り換えて山門前まで。ここの石段は段差が大きく、自然石で、結構きついのだ。本堂~大師堂と周り、三角寺の名前の由来である「三角護摩壇」跡を案内する、今は池になり弁天様が祀られている。64番前神寺のお大師像のお顔はいつ拝見しても笑いを誘う。本堂前の拝殿の回廊も、宮大工の技を見るようで見事なものだ。皆でトイレを借用するが、なんと男性用のスペースを削り、女性用に転用している。女性客が多いのに対応しているといえるのだが、男性用小便器がひとうになっているのは、不便なものだ。63番吉祥寺の成就石に興味は示すものの、だれも試みる人はいなかった。「本堂前からを閉じて歩み、石の真ん中の穴に金剛杖を通す」という説明を見て、諦めたようなのだ。お堂の六福神をお参りする。本尊の毘沙門天と合わせ、七福神詣りとなる。
62番宝寿寺の本堂と大師堂の看板に失笑がもれる。本堂は六三番と間違え、三を削って二としているし、大師堂の「厄除け大師」の「厄」が「危」となっていたのを無理やり削っているからだ。順調にお参りできたので、61番香園寺を打つことに。大聖堂の中にご本尊とお大師さまが安置されているため、2号車を待って合同でお参りする。そうしないと声が反響してどうにもならなくなるからだ。16時40分打ち止め。すぐ近くの「しこくや」が宿舎。温泉でもあり便利な位置関係にある。
2日目、大浴場を一人で占領して朝風呂、ご機嫌に出発、25分ほどで60番横峯寺の登山口に到着する。そこからマイクロで25分林道を登る。これはなんと有料道路なのだ。山ミミズを蛇と間違え、悲鳴が上がる。初めて遭遇する人は、さぞかしびっくりと同情する。和尚は歩き遍路で慣れっこになってしまった。59番国分寺、58番仙遊寺、57番永福寺と廻って打ち止めは12時半。石鎚HWOで、お弁当をpick upして、ようやくお昼。13時半頃になってしまったが、効率的なお参りとなった。淡路島に入る頃から、空がだんだん暗くなり始め、淡路HWOを出ようとする時には雷鳴が轟き、大雨に。ところが明石海峡大橋を通る頃には,日がさし出した。あっという間に低気圧が通過したようだ。来月の6回もご一緒出来そうなスケジュールと言うと拍手が飛んできた。
合掌

横峯寺にて  山ミミズ 蛇と驚く 遍路道

仙遊寺にて  青若葉 大師を一周 お砂踏み

                           夏遍路 扇子にタオル 衣替え

(写真は、仙遊寺のお砂踏み)