2009年5月29日金曜日

お遍路さんの作法(1)

平成21年5月29日

遍路バスなどで、和尚がお話をしているお遍路の作法は、以下の通り。
   
1.境内は、左側通行
  
  特に階段は、狭いところが多いので、要注意です。そして、お賽銭や納め札のために本堂や大師堂の階段  を上がる場合は、時計回りで左から上がり向かって右から降りること。  これだけは、厳しく交通整理  させていただいている。
   
2.ロウソクは、上段から、線香は真ん中から

  これは、やけど防止。遠慮がちにロウソクを下段から、線香を端っこからさす方がいるが、これはマナー  違反。 

3.聖域に入る時出る時、「右入左退」

  これは高野山大学の道場で厳しく仕込まれた。入る時は右足から出るときは左足から。

4.お線香は3本
 
  「お線香は何本ですか?」と聞かれることがある。なぜ3本か。
        ①三世の諸仏に一本づつ
        ②佛・法・僧の三宝に一本づつ
        ③身・口・意の三密に一本づつ
   ①②は、仏教一般的な考え方で、③は密教的な考え方。


     
        
    

2009年5月27日水曜日

阪急トラピックス(中部)四国四回 24番~36番

平成21年5月25日~27日(2泊3日)

 名古屋からのお遍路の一行40名と香川県坂出駅で合流すべく、新幹線、マリンライナーを乗りついで、早めに到着し、まず出迎えの高知県交通バスの畑山ドライバー、「はちきん」の伊藤ガイドにご挨拶。伊藤ガイドと共に10時10分到着の一行を迎えた。
 初日は、土佐修行の道場の入り口24番最御崎寺から25番津照寺、26番金剛頂寺の3ヶ寺。
今、室戸では枇杷が旬で、特に黒耳産が一番などと話していたら、25番門前のへんろの店「夫婦善哉」に置かれた枇杷が完売状態。山門からまっすぐ急な108段の階段を登ってお参りをしてきただけに、身体が果物を求めていたのかもしれない。
 26番の駐車場の一角にJRの貨物車両を改造した店舗を構える「はらみたや」さんには、遍路バスはいつもお世話になっている。何しろ、駐車場までの道が狭く、バスが離合することができない。したがって「はらみたや」さんに電話し、降りてくるバスはいないか、問い合わせて登る訳だ。しかも和尚は、「よう、おまいり」を置いてもらっている。だからといって護摩をするわけではないが、この店の「アイスクリーム」ならぬ「アイスクリーン」(200円)は、田舎風味で絶品、「真珠入りの五鈷杵ペンダント」は、よそに比べ真珠は大きい上に、値段が安い(1000円)。ついつい宣伝をしてしまうと、これまた行列。ついでに本も数冊お買い上げで、早速サイン。
 
 そしてお宿は、土佐では3指に入るという「三翠園」。藩主山内容堂の下屋敷跡に建ち、しかも市内唯一の天然温泉ときている。正直なところ、遍路バスの一行が泊まるような宿ではない。
 実は、当初予定の「土佐ロイヤルホテル」がホテル側の手違いで泊まれなくなり、急遽、ホテルが手配したもの。しかも、ホテルが、お詫びにと、全員にお土産のお菓子まで用意とくれば、文句も引っ込むというもの。地元の伊藤ガイドが「うらやましい」を連発、なるほど素晴らしいお部屋に、料理に、温泉だ。ちなみに、夕食の献立は、「鰹のタタキ」「お刺身盛り合わせ」「アナゴと野菜の天麩羅」「鰻の柳川鍋」「茶碗蒸し」に「あさりの吸い物」など等・・・・・・
  
 2日目は、「へんろころがし」のお山のひとつ27番神峯寺から、「土佐ロイヤルホテル」からだと近いのだが、前述の理由で時間がかかる。さらにタクシーに乗り換えて山を登る。土佐の名水と称される
「神峯の水」を求めて殆んどがペットボトル持参。和尚達を運んでくれた丸中タクシーの社長の話しだとこの水を会社で飲み水として使っているとか。
 150mの急な坂道をあえいで登り、28番大日寺へ。大日如来について、少し話をさせてもらった。
そして土佐の苔寺とも云われる28番国分寺をおまいりの後、昼食会場の「かつお舟」に。名前の通り「鰹のタタキ」定食を堪能。ここでは食事(じきじ)作法
 午後からは、32番禅師峯寺、31番竹林寺、30番善楽寺と逆打ち。善楽寺では、4時半にかかり、
大師堂では、ロウソク、線香を止めて「運心」にしてもらう。これは、火災予防の為の申し合わせ。

 2日目のお宿は、坂本龍馬の屋敷跡に立つ「ホテル南水」。全館まるで龍馬歴史館の風情。土佐名物「さはち料理」と自慢の「かつをの炊き込みご飯」の夕食。夕食後は、和尚は一人、「ホテルタウン」に
移動。満室のため、先達さんは提携のビジネスホテルへとのこと。

 3日目、6時20分にタクシーが迎えに来てくれてホテル南水へ。皆さんと食事作法をして朝食の後、
7時半に出発。33番雪渓寺、34番種間寺、35番清滝寺、36番青龍寺を午前中に廻る。
35番から雨が降り出したが、和尚は傘を使わず、網代笠で済ませた。薬師如来の台座にある戒壇めぐりをすすめたが、途中で足の止まった方がいて大騒ぎ、持参のミニライトで出口から誘導し、ホット一息。36番は、昼食会場の三陽荘さんがご接待で、門前までマイクロ輸送してくれるのだが、参道で軽自動車が脱輪騒ぎを起こし、途中から歩くハメに。横綱朝青龍の明徳義塾高相撲部時代に、トレーニング場であったという山門から本堂までの階段を登りきると、バス3台分のお遍路さんで、大混雑。なんとか無事、3日間を打ち上げた。

 三陽荘のお昼は相変わらずの豪華版、鰹のタタキに煮魚など等に、トロロそば付き。聞けば昨日から本館前に足湯コーナーをオープンしたとか。さらに温泉も掘削中の由。和尚の本も置いてくれているのだが、お客さんがさらに数冊お買い上げいただき、ありがたし。

 食後は、月の名所「桂浜」で記念写真を撮り、しばしの散策。雨上がりの高速道路を坂出まで走り、
マリンライナーで岡山駅へ。和尚は、岡山で皆さんとお別れし、新幹線で大阪へ。
 今回もありがたいご縁をたくさんいただきました。お大師さまのお陰です。      合掌

2009年5月24日日曜日

お遍路の合間に

平成21年5月23日
 2月13日の第2回遍路バスに参加していただいた福島区の山科和子様から往復はがきでお便りをいただいた。だるまさんの絵に添えて「難所とや つなぐ手かたし 遍路道」とある。ご夫婦でおまいりなのか、はたまたお友達とおまいりなのか、いずれにしても2回目とすれば「10番切幡寺」と思われるが、すでに31番を過ぎていられるようなので、他かも知れませんね。
 お便りは、拙書「よう、おまいり」をごらんいたただきながらのバス遍路中に、同行の方から「その本は、どこで求められるか?」と尋ねられ、32番以降での販売所のお問い合わせをいただいたもの。
感謝、感激。さっそく、数ヶ所のポイントをお知らせしました。ご愛読ありがとうございます。
 折も折り、一本の電話。大和西大寺駅の公衆電話からで、今からお寺に行きたいがどう行けば良いかとのお問い合わせ。慌てて、寺に駆けつけお話をうかがった。倉敷市の公木さんとおっしゃる81歳の御婦人で、産経新聞に掲載された和尚のインタビュー記事をご覧になり、同じ香川県出身と言うことで、在阪中の時間をさいてお越しいただいた。どこにご縁が転がっているかと、感じいった次第。

 また、大阪早稲田倶楽部の宮本巌(昭36年政経)先輩より訳書「アーミッシュ カントリークッキング」
と「声石」第80号が送られてきた。ご本は、モンタナ州クーテナイ河西岸に住むアーミッシュの人々の大好きな料理を紹介したアンディ&ミイリ・ヨーダー著の本を先輩が訳し出版したもので、(社)日本図書館協会の選定図書となっている。料理のレシピも勿論だが、挿入されている敬虔なアーミッシュの人々に伝わる詩や短いことわざ(?)が心を打つ素晴らしいものだ。
 たとえばー
 「本当にいい友達とは、あなたをいつもあなたでいさせてくれて、それにもかかわらずあなたのことを好きでいてくれる友達のことをいいます。」とか
 「愛のために結婚するのは、少し危険かもしれません。でも、それはとても誠実なことなので、神様もそういう結婚には微笑まないではいられないのです。」とか・・・・・・
 同封された「声石」は、和尚が真言僧であるところから宗祖空海にまつわる記事が掲載されているのでとお心遣いいただいたもの。この記事は、成田シティジャーナル新聞編集者中島尚彦氏の書かれたもので、『日本語とヘブライ語のコラボレーションー君が代の由来』と題されている。
 「君が代」は日本語だけでなく、西アジアの言語であるヘブライ語でも歌うことができ、ヘブライ語の意味の方が明快でユダヤ民族の信仰告白が含められてとのこと。また古謡「さくらさくら」も同様にヘブライ語に置き換えることが可能で、このような詩が複数生まれたのには、両語に精通した人物が存在したと考えられ、その人の可能性がもっとも高いのが弘法大師・空海というのです。確かに空海は、当時最大の国際都市長安で学びましたから、当然いろいろな宗教にも造詣が深かったことは事実です。
 詳しい内容は置きますが、「君が代」の歌詞をそのままヘブライ語読みし、訳するとどんな歌詞になるか?それは
      「神の選民シオンの民は
       選民として喜べ 
       人類に救いが訪れ
       神の予言が成就した
       全地にあまねく宣べ伝えよ
       立ち上がれ、神を讃えよ」  となるというのです。驚きです。

 明日から2泊3日で阪急トラピックス(中部)主催の遍路ツアーに添乗してきます。またまた新しい「ご縁」をいただきにまいります。 合掌

2009年5月22日金曜日

四国第2回(阪急トラピックス)7番~11番

平成21年5月22日(金)
 大阪梅田から難波を経由してお四国に向かう遍路バスにお客様は44名の大盛況。淡路島通過時は、大雨だったが、徳島に入ると雨は上がり、かえって良いお遍路びより。本来なら7番から巡打ちで行く所だが、車中でお弁当をいただく都合上、11番からの逆打ちとして、11番から10番の移動中にお弁当を召し上がってもらうこととした。
 11番藤井寺は、臨済宗のお寺で、本堂外陣天井の30畳大の雲竜図が圧巻。10番切幡寺は女人即身成仏の寺として名高く、高台の大塔から眺める景色はまさしく絶景。この大塔は、大阪住吉神宮寺に豊臣秀頼が秀吉の菩提を弔う為、建立した東西両塔のうちの西塔。明治の神仏分離令に伴い神宮寺が廃寺となり塔も壊される運命にあったのを十年かけて移築したという。我国唯一の建築方法とかで重文指定。弘法大師ゆかりの「はたきり観音」が本堂右手に建つ。タクシー組と徒歩組に分かれたが、噴出す汗も門前の金山商店の冷茶のご接待で吹き飛んだ。和尚の「よう、おまいり」も置いてくれていて、お買い上げの方には、「同行二人 沙門秀寛」と日付をいれてサイン。
 9番法輪寺門前の草もちが名物と話すと、女性客が殺到。一ついただいてみたが、さすがに噂どうりのもの。8番熊谷寺の本堂では大読経の声が天井にこだまして、皆、恍惚状態に。四国最大級の大門
や最古級の多宝塔、そして流れるご詠歌の声、とてもしっとりとした雰囲気のお寺である。
 本日の打ち止めは7番十楽寺、おとぎ話のような竜宮門をくぐり境内へ。本堂をおまいりし、治眼疾目救済地蔵、大師堂へと廻る。白塗り役者顔のお大師さんに「本当にいい男」との女性の感想。愛染堂に皆で上り、煩悩即菩提の愛染明王におまいりする。
 帰路の車中で、勤行次第の各々の意味について解説、2回目とあっておまいりの作法など基本的なことの復習、確認もあり、十分なお話も出来かねたが、お客さんには、喜んでいただけたようだ。
 いつもながら「ご縁」に感謝、今度お会いするときには、立派なお遍路さんになっていることでしょう。
                                                         合掌

秀寛和尚の自己紹介


田尾 秀寛(たお しゅうかん) 
          八尾市黒谷4丁目24
                 信貴山釋迦院秀寛庵 院主

平成11年東寺長者砂原秀遍猊下(当時は事務長)を師僧に得度
香川県善通寺市出身、昭和21年生。四国霊場75番総本山善通寺の境内が幼少時の遊び場だったこともあり、いずれは僧侶になるお導きだったのかもしれない。県立善通寺一高から早稲田大学商学部を経て、世界一の広告会社電通に入社。定年の2年前に早期退職制度を利用して退社、高野山大学の大学院にて密教学専攻、学生にまじり大学の道場にて四度加行も成満し、平成20年1月東寺にて灌頂。東寺真言宗の大僧都に補任される。大学院での修士論文の代替として、四国八十八ケ所を歩き遍路し、その体験記を「よう、おまいり」のタイトルで出版。
四国八十八ケ所霊場会、四国別格霊場会、西国三十三所札所会の三霊場会の公認先達として 「弘法大師の語り部」を目指す。
平成29年4月 東寺真言宗「少僧正」に昇補。
趣味は、大学時代からの詩吟。(吟道関心流 総範師・講師)