2011年11月30日水曜日

四国5回 24~31番


平成23年11月26~27日

難波から43名のお客様と出発。ほとんどが和尚とは初めてのお客様、淡路島経由徳島道を走り、吉野川HWOの「みのだ亭」で釜あげうどん定食のお昼。結構好評のようだった。29番国分寺からおまいり、大師堂横の「酒断ち地蔵」に手を合わす方も。30番善楽寺には大きな錀がおいてあるので、それを使って錀の叩き方の説明、高野山の道場では、時計の文字盤に見立て、7時のところを内側から叩けと教えられた。31番竹林寺の紅葉を期待したのだが、まだ部分的だ。「一言地蔵」に案内して28番大日寺に向かう。朝から4ヶ寺廻りたいと添乗員と相談していたが、阪神高速の渋滞で、ギリギリの到着となってしまった。勿論、火の気は使えず「運心」となる。龍馬歴史館に立ち寄り、御宿の三陽荘に18時半ごろ到着。般若心経の資料のコピーをお願いすると1部5円、よその半額だ。いつもながら感謝。

   竹林寺にて 紅葉の 衣召すか 五重塔

   大日寺にて 秋夕日 赤く染まるや 土佐の海

27日は、6時半食事作法、7時30分出発。27番高峯寺へ。カシオワールドゴルフ開催中の渋滞を懸念していたのだが、臨時のギャラリー駐車場を用意し、バスでピストン運転をしているお陰か、ほとんど渋滞なし。9時に到着できた。マイクロで駐車場まで移動し、おまいり。「報恩の碑」の由来を説明、「高峯の名水」を汲み、本堂へ。朝一番とあって、石段も軽やかにクリア。これから先は、お寺の間隔が短いので、お弁当を頂く時間がとれない。26番金剛頂寺駐車場の「はらみたや」に確認すると焼き芋があるというので、五鈷杵のペンダントやアイスクリンと共にお勧めしておいた。本堂で、日光・月光菩薩の話をする。聞けば、天然記念物の「奴草」が芽吹いているというので、智光上人のご稜に案内。こことトイレの東側に繁茂するのだ。25番津照寺の石段は108段というのだが、数えながら登ってみると123段あった。24番最御崎寺の本尊・虚空蔵菩薩のご真言は、なかなか難しい。まずは、お唱えの練習。大師堂左の「一畑薬師」が大人気、年の数だけ「め」を書いた納め札を皆さん用意されていた。弘法大師のご修行地「御藏洞」に立ちより、やっとお昼。14時前になってしまった。日和佐道の駅、淡路島南、淡路HWOで休憩しながら大阪へ。淡路HWO出発が丁度19時、明石海峡大橋がレインボーカラーに変化し、歓声が沸く。高速道路が大渋滞でどうなる事かと思ったが、ドライバーさんの機転で柳原から湾岸線さらに鳴尾浜から阪神高速の武庫川に入り直し、20時半頃梅田到着。大正解だった。合掌

   西寺への道中にて お遍路を 迎える 赤いアロエ花

            ウロコ雲 藁干す土佐の 遍路道

   西寺にて     西寺や おどけ芽を吹く 奴草

(写真は津照寺の本堂への石段)

2011年11月24日木曜日

四国11回 66~78番


平成23年11月22~23日

この回は、和尚のふるさとコースだ。弘法大師のご誕生地75番善通寺を含む讃岐の西半分13ヶ寺を廻ることになる。難波を8時半に出発、お客様は41名と満席状態。山陽道~瀬戸大橋を経て善通寺に向かう。まずは「いろは会館」で昼食、うどん定食なのだが、中身が大分良くなっている。ちらしずし、精進揚げ、小鉢2、ぜりーのデザート付きだ。御影堂からお参り、お堂に勤務している高野山の道場仲間・栗峯師が勧めてくれたので、外陣に上がらせてもらってお勤めさせていただいた。広い境内を東院へ、金堂前でお勤めの後はしばし自由行動に。ご本尊近くで拝観や五重塔、大師が幼少の頃から在るという御神木を撮影するなど楽しんでいただいた。ついで71番弥谷寺へ。死霊が還る寺とされるが、大師の7歳の頃の学問所でもある。山の中腹に寺があるため、タクシーのオプションがあるが、それでも大師堂まで108段、さらに本堂まで170段の石段を登らなければならない。歩き組は17名、歩き組には「俳句茶屋」で一休みという特典がある。夏はトコロテン、今なら草餅だ。お茶のご接待を受けながら一息入れる。大師が身を投げたという「捨身ヶ嶽」が奥の院という73番出釈迦寺から72番曼荼羅寺までは歩き遍路、西行法師のお昼寝石を見て、これなら横になれると納得する方も。時間を気にしながら74番甲山寺へ。火の気を自粛し、「運心」でお願いした。打ち止めは16時45分、金毘羅さんの麓の「にしきや」に立ち寄りお買いもの。オリジナルの「しょうゆ豆」が評判だ。宿のアパホテル高松空港18時15分着。
2日目は7時30分出発。66番雲辺寺へ向かうのに、高速利用の方法もあるが、ドライバーさんの判断で地道を走る。大変スムースで、8時40分のロープウエイに乗車できた。上天気で、景色が素晴らしい。大師堂への石段の前に山門が新築されていた。本堂も近年の新築なので、新築ラッシュだ。67番大興寺への道路が工事中とかで、遍路道を走り駐車場へ。大師御手植えというカヤと楠の大木が石段の右手にある。本堂前の「三鈷の松葉」を戴く方も多かった。同じ境内に68番神恵院と69番観音寺がある七宝山は、納経所は一つであるが、お参りする方はそれぞれ本堂と大師堂を巡る。70番本山寺まで参り、昼食だ。本山寺の本堂は国宝、五重塔もスリムでスタイルが良い。智証大師円珍(弘法大師の甥)のご誕生地76番金倉寺の「乃木大将妻がえしの松」に女性軍は興味を惹かれた様子。77番道隆寺は、眼の薬師として名高い。前日に、納め札に歳の数だけ「め」を書いて「潜徳院殿堂」に納めることをお薦めしておいた。門前の「サンエイ」でお茶のご接待、和尚の「ようおまいり」が良く売れて、追加注文をいただいた。有難し。打ち止めは「宇多津の厄除け大師」78番郷照寺、門前の「地蔵餅」には白餅4個だけ残っていたとか、いつ行っても売り切れ状態のお店だ。ご宝号を7遍唱えて打ち止めは15時。三木SAで休憩して梅田から難波へ。19時着。合掌

  雲辺寺にて   ミカン山 登りて目指す 雲辺寺

  ロープウエイにて 紅葉と 瀬戸海眼下 雲辺寺

  出釈迦寺にて  人無くも 売られる蜜柑 遍路道

(写真は、雲辺寺の新山門)

2011年11月17日木曜日

秀寛和尚と行く「土佐の国 一国巡り」





平成23年11月14~16日

恒例の和尚と行く一国巡りも6回目で、今秋は「土佐の国」24番最御崎寺から37番岩本寺までの14ヶ寺。38番延光寺と39番金剛福寺は、次回に繰越だ。今回のメンバーは、13名、和尚と添乗員とで15名だから小型のバスで、丁度良い。14日8時新大阪、8時30分難波とまわり、まずは淡路島SAへ、阪急トラピックスの2回目、11回目のバスと遭遇、顔なじみの面々と挨拶を交わす。24番最御崎寺への経路を徳島道~高知道とするか国道を走るか相談したが、どちらが早いか判らないというので、ドライバーさんの感にまかせ、地道を選ぶ。日和佐・道の駅でお昼休憩、バスを停めてのんびりとお弁当をいただく。大師の修行の地「御蔵洞」に14時前到着、想定より早く着けた。御蔵洞の中から空と海を眺め、空海を偲ぶ。最御崎寺から25番津照寺とまわり26番金剛頂寺へ。「はらみたや」でアイスクリンをほおばり、鳴門金時の焼き芋のご接待も。和尚は、掛軸台とお軸を入れて持ち運ぶ袋を発注、来週の第5回の添乗までに仕上げてもらうことに。お参りの最後に「いろは歌」を合唱して宿坊へ。夕食まで時間がゆったりとあるので、「秀寛’sバー」を店開きする。なにしろメンバーが持参したものを集めると、焼酎3本、梅酒2本、手づくりの漬物が2瓶、おつまみがサラミソーセージ、するめ等など。氷とお湯を用意して、まず一献だ。宿坊の料理とは思えないほど豪勢な夕食に堪能し、「秀寛’sバー」で二次会。

  御蔵洞にて   秋の空 海と重なる 御蔵洞

15日6時より護摩堂にて朝勤行。ご住職が東京の宗務所に出張中とかで、導師は副住職の息子さん。法話もあって、すぐ朝食、丁度日の出のタイミングで急遽朝日の撮影会だ。7時半出発、全員に「海洋深層水・マリンゴールド」のご接待。27番高峯寺へは、2台のマイクロに乗り換えて登る。名水100選の「高峯の水」をペットボトルに汲み、和尚は加持水とするつもりだ。28番大日寺では、奥の院「爪彫り薬師」も詣でる。29番国分寺は、「土佐の苔寺」とも云われるが、何時来ても良く手入れが行き届いている。門前の店では、網代笠を買う者、竹の杖を買う者と結構盛り上がってしまった。30番善楽寺を打って、市内の「濱長」で昼食。舞舞台を取り巻くように部屋が配置されていて、聞けばお抱えの芸妓もいるとか。31番竹林寺は、和尚の大好きなお寺のひとつ。五重塔、一言地蔵と案内して32番襌師峯寺へ。上り参道横に立つ十一面観音像の後頭部にある「大哄笑面」を良く見るように説明する。通常は、十一面観音の後頭部など拝見することはないからだ。33番雪渓寺で打ち止め、「いろは歌」で16時40分。お宿の三陽荘に向かう。夫婦2組以外は、
安荘(やすらぎそう)に部屋割りしてくれていた。名前は知っていたが、泊まるのは始めて。台所も付いた二間続きの豪華な空間だ。露天風呂に飛び込み、一息ついてから夕食。相変わらずの豪華版だ。「秀寛’sバー」もゆったりと心行くまで語り合う場となった。

  金剛頂寺にて  護摩堂の 朝勤行や 秋日の出

16日7時30分三陽荘のマイクロバスで、35番青龍寺まで送迎。元横綱朝青龍関が、明徳義塾高校時代のトレーニング場だったという本堂までの石段を息を弾ませながら登る。本日の一番乗りだ。帰りはスロープで下り、恵果堂にお参り。お四国で、恵果和上のお堂があるのは青龍寺のみだ。34番種間寺の子安観音像の周囲には、安産御礼の底を抜いた柄杓が奉納されている。年齢を見ると高齢出産が多い。40歳を超えた方もちらほら。36番清滝寺へも、マイクロバス利用だが、何度も切返しを強いられる細くて急な道だ。本堂前に立つ薬師如来の台座が、戒壇巡りになっている。漆黒の闇を体験してもらう訳だが、キャーキャーワアワアと大騒ぎだ。1時間ほど走り37番岩本寺へ。本堂の格天井に嵌めこまれた絵が575枚、マリリンモンローから子猫までバラエティに富んでいる。本尊は、五体いらっしゃるので、本尊真言も五体分唱える。12時に打ち止めし、「此処や」の手造りアイスクリームを賞味する。和尚は「生姜+いちご」味を選択。お昼は、ユーイング四万十で「うどん定食」。ビールで乾杯、うどんでお腹一杯になり、ちらし寿司は、お持ち帰りさせていただいた。帰路は車中で、一杯やりながら、ワイワイと大賑わい。19時頃、難波着。来年春の「伊予の一国巡り」は、4月16~18日に決定。15日夜のフェリーで東予港に向かう。希望の方はご一報を。合掌

  土佐路にて   朝陽あび そよぐススキや 土佐の道

(写真は、金剛頂寺での朝陽と御蔵洞から空と海を望む)

2011年11月11日金曜日

西国2回 堺発


平成23年 11月9日

和尚にとっては3日連続の山登りとなる。堺から三国が丘、泉ヶ丘と廻って、まずは4番施福寺の山登りから。お客様は36名。無理をしないようにとお話ししていたら、2人は和尚に納め札を託して遥拝することに。観光センターで杖を借りるように勧め、ご主人にご挨拶。いつもご接待いただくので、今日は「ようおまいり」をプレゼントに持参した。全員が登りきるのを待って、本堂に上がり込みお勤めだ。汗の引く間、いろいろと話をさせていただいた。皆さんへのおすすめは、「草餅」に「しぶ柿の葉寿し」だ。ご主人が自慢するだけあって、これは旨い。1時間ほど走り、「マリーナシティ」で昼食。遅めの御昼となったが、「食事作法」、添乗組は「助六寿し」のお弁当。すぐ近くにある2番紀三井寺の石段を登る。名前の通り3つの井戸がその由来、石段も紀伊国屋文左衛門の故事により「結縁坂」とも云う。お参り後、松本明慶の大観音堂でご案内。入館料200円だが、70歳以上は100円だ。3階まであがり外回廊から、観音様のお顔を拝する。回廊からながめる「和歌の浦」も素晴らしい景色で、万葉集に歌われるはずだ。さらに1時間ほど走り、3番粉河寺に。境内は広く、見どころも多い。内陣へ拝観料は300円だが、今回はツアー代金に含まれているとかで、皆で上がりお勤め。そして国宝「粉河寺縁起絵巻」の写本や「野荒らしの虎」(伝左甚五郎作)や仏様など拝観して打ち止め、丁度17時だ。泉ヶ丘18時着。合掌

 施福寺にて  柿の葉の 寿しや草餅 槇尾寺

          秋の風 杖を頼りに 登る寺

 紀三井寺にて 和歌の浦 見下ろす千手 秋の風

(写真は 粉河寺の桃山式庭園)

2011年11月10日木曜日

四国2回 7番~11番 西大寺発


平成23年11月8日

西大寺から21名のお客様と阿波路へ向かう。人数が少ないので、添乗もアシスタント無しだ。阪神高速の渋滞をさけて、近畿道経由で淡路島を渡る。2回目なので、基本的なことをおさらいしながらの走行だ。1番霊山寺で、追加の買物の後、11番藤井寺へ。この道中で昼食を摂って貰う。梅田からのバスが先行していて、大師堂のお参りを合同で勤め、奈良組はその後本堂へ。本堂外陣天井の30畳敷きの雲龍図に皆の感嘆の声。10番切幡寺は、800m+333段の石段だ。歩き組とタクシー組に分かれて望むのだが、なんとタクシーは3名のみ。お参りの後は、大塔まで案内して吉野川を見下ろす景観を楽しんでいただく。階段の途中にある不動堂で、息を入れながらお不動さんのご真言の練習。リズム感が難しいようだ。下山し金山商会でお茶のご接待、「ようおまいり」を買われたお客様から署名を求められ「和顔施」と書き、意味を説明する。9番法輪寺門前の「あわじ庵」には電話を入れて草餅の確認をしておいたのだが、残り少ない上に、先客の団体がお参り中、売り切れを心配して奈良組はお参り前に草餅を確保してもらうことにした。また、駐車場に来ている果物屋さんも大人気だ。8番熊谷寺では、ご詠歌の声が流れる中、多宝塔から中門へ。中門の門番は持国天・多聞天だ。多聞天は、独尊として祀られると「毘沙門天」と呼び名が変わると説明すると、「えー」と声が上がる。大師堂が、丁度本堂の屋根の高さにあり、鬼瓦が間近かに観賞できるので、撮影会の様相となる。7番平等寺が打ち止め、「治眼疾目救歳地蔵」がなぜ「歳」と表記するか?年齢に関係なく救うという意味が込められていると説明する。実は、和尚も、知らずに「ようおまいり」の中では「救済」と書いてしまったのだ。色白の役者のように美男子のお大師さまにご宝号を7遍唱え、打ち止めだ。中門に上がり「愛染明王」におまいりして、16時過ぎ。渋滞をさけて、宝塚経由で走り西大寺19時半帰着。合掌

  切幡寺にて  秋霞み 鏡の水面(みずも) 吉野川

(写真は熊谷寺中門の多聞天)

西国11回 長命寺~宝巖寺


平成23年11月7日

西大寺から2台のバスが湖国に向かった。調整の結果、和尚の2号車は竹生島・宝厳寺からおまいりすることになった。お客様は34名、京奈和道~京滋バイパス~名神と乗り継ぎ、草津SAで休憩後、北陸道で長浜港へ。早めのお弁当を摂ってもらい、11時30分発の便で竹生島に。正面の石段を登り、まずは弁天様におまいり。そして中腹の唐門から観音堂に向かう。石段が無理と思う方には、唐門の前で待機して貰った。勤行後、舟廊下を通って神社で解散。13時20分発の戻りの便まで、ゆっくりしていただく。和尚は、いつもの山本土産店にてご主人と四方山話だ。風で、船が揺れるかと思ったが、そうでもなかった。ついで、長命寺の808段の階段に挑戦だ。タクシーを利用すると、残り100段のところまで運んでくれる。(オプションで往復800円)添乗員が、確認すると、歩き組は男性2名、女性1名のわずか3名。しかし、ピストン輸送のタクシー組の最後尾とほぼ同着だった。タクシー降り場で、「残り100段!」と声を掛けると、ドライバーが近寄ってきて、小声で「さらに80段ほどあるよ」と教えてくれた。確かに、門をくぐってからも、本堂まで石段が続く。雨を心配したが、降られることもなく、良いお参りだった。合掌

  宝巌寺にて 竹生島 神や仏や 秋の湖(うみ)

(写真は宝巌寺唐門)

2011年11月2日水曜日

ダライ・ラマ法王14世 大阪特別講演


平成23年10月30日

高野山大学創立125周年の記念事業として招聘したもの。大阪と高野山とで講演が行われたが和尚は、スケジュール的に大阪会場を選んだ。折角なので、お近くで拝聴しようとSS席を申し込んだ。前から5列目の47番、中央からやや右手の良い席だった。会場は舞洲アリーナ、広い会場はほぼ満員の状況、韓国から沢山の方が来られているのが目についた。午前の1部は、「般若心経を語るー空から慈悲へー」。宗教概論から説き始め、20世紀は「暴力の世紀」であったが、21世紀は「暴力のない平和を構築する時代」、個人の心に平和がなければ世界平和につながらない。心の中に平和を創りだす努力をしよう。そのためには、愛や慈悲の心をはぐくんでいく必要がある。愛と慈悲の心を高めるということは全ての宗教の根本であると。そして釈尊の初転法輪、第2法輪、第3法輪の展開から密教を「菩提心と空の教え」とし、懇切丁寧に「空」を説かれた。午後の2部は「人生の困難を生き抜く力」。冒頭に会場からの質問を受け付けたが、熱心な質問と判りやすい回答に感動を覚えた。「知識、教養は高まっているのだから、今こそ心の中の資質を高める教育が必要。思いやりの心を高めることが、世界平和につながる」と強調された。和尚は、記念に「般若心経入門」と「ダライ・ラマ希望のことば」の2冊を購入した。特に前書は、1部の講演の中身に等しい。今度、お四国では、チベット語訳「般若心経」の和訳をお配りしようと思う。我々が唱えている心経は「小本」でチベット語訳は「大本」といわれ、小本の後に成立とされているが、中々興味深い。合掌

 法王のことばー人生の本当の意味ー
 
 私たちはこの惑星の一時滞在者です。
 私たちがここにいるのは
 せいぜい90年か100年に過ぎません。
 その間に私たちは、自分の人生によって、
 何か善いこと、役に立つことをしようと努めなければなりません。
 もしもあなたが他の人々の幸福に寄与するならば、
 あなたは本当のゴールを見つけるでしょう。
 それが人生の本当の意味なのです。

(写真は、ダライ・ラマ14世ー講演会パンフからー)