2015年4月26日日曜日

第35回 全国先達大会  

平成27年4月24日

物故者慰霊法要
高野山の開創1200年に合わせて、四国霊場会の法要日が23日、全国大会が24日となった。23日の14時からの法要には、間に合わないと13時半ごろの特急で高野山に向かった。今夜の宿を無量光院にお願いし、仲間の先達14人で合宿となった。夕食の18時を目標に三々五々の集合、法要に参加するもの、ギリギリに到着するもの様々だ。和尚の特急に3名、荷物を預けて中門から金堂を拝観させていただく。中門の四天王さんは、二体の修復と二体の新造は共に松本明慶大仏師の仕事だ。金堂の本尊薬師如来は、高村光雲師の昭和9年の作で80年ぶりのご開帳だ。
無量光院の夕食は、いつもながらの飲み放題。皆で、楽しく過ごしてバタンキュー。丑三つ時に奥の院のお参りに行く連中も。朝は、6時から新本堂でのお勤めに参加。朝食後、高野山大学の講堂での全国先達大会に向かう。女性陣が信貴山千手院のチッシュ配り、男性陣は、全員の座席確保へ。物故者法要、表彰式の後は、特別講演。添田宗務総長(蓮華定院住職)のお話は、会場を笑いに誘いながら、弘法大師はいざという時に必ず救いに現れると、実例を上げられながらのもの。
お昼のお弁当をいただいて、解散。仲間の希望で、中門・金堂・根本大塔と案内。荷物を取りに宿に戻り、土生川前官ご夫妻の見送りを得て、失礼させていただく。皆、充実した2日間のようでした。
合掌

四国4回 16~23番 天王寺発

平成27年4月21~22日

太龍寺のご廟
三国ヶ丘~天王寺というコースでお客様は23名とゆったりしたバス車内。8時過ぎに出発し、室津SA、とくとくターミナルで休憩。23番薬王寺に一気に向かう計画だったが、梅田組も同じ考えで、10分ほど先行しているので、22番平等寺からに変更、12時過ぎに到着。なんと、本堂、大師堂、護摩堂がすべて御開帳。23番薬王寺では、本堂に上がらせていただいてのお勤め。瑜祇塔への還暦坂を上る。五智如来の解説をして、絶景を楽しむ。14時過ぎに薬王寺を出発し21番太龍寺へ向かう。ロープウエイが20分間隔なのだが、15時便に間に合った。西の高野といわれるだけあって、大師堂の雰囲気は、奥の院と同じだ。16時便で下山し、もう1ヶ寺いけるかと思案する。道が混雑しなければ、18番恩山寺に17時前に入れるかと思い、電話を入れてもらうと、待っていてくれるという。到着が17時15分、有難い事にこれで明日の行程が楽になるというものだ。夕暮れのお参りで、打ち止めは17時45分。徳島市内のお宿に向かう。今回は分宿で、相部屋希望の方は「昴宿よしの」、個室と夫婦組みは「ホテルクレメント徳島」だ。般若心経の資料のコピーを「よしの」にお願いすると無料でやっていただいたという。有難いご接待だ。和尚はホテル組だったが、バイキングの中に大好きなカレーを発見、和尚好みのお味で夜も朝も頂いてしまった。
22日は、17番井戸寺から。全国でも珍しい七仏薬師がご本尊で、弘法大師の「面影の井戸」の霊水を汲む事ができる。前日にその旨、伝えておいたので皆さん空のペットボトルを用意されている。眼病に霊験あるとか。16番観音寺は「かんおんじ」と資料にもあるが、道路標識は「kannonji」となっている。1時間半近くかかって20番鶴林寺到着。細いところもあり、ドライバー泣かせのルートとなっている。白衣の背中に「鶴」のご朱印をいただく方も多い。山を下り、鮎喰川にかかる橋のひとつが「十八女橋」。なんと読ませるかは、クイズなみだ。「さかり橋」というのだが、女盛りは18才かとクレームがでそうだ。19番立江寺に向かう途中のロイヤルガーデンホテルで昼食。立江寺の納経所に声をかけて、本堂に上がる許可をいただく。おどろおどろしい黒髪堂にも案内し、打ち止めは14時15分。門前の立江餅は残り少なく、あっという間に売り切れ。最後のお立ち寄りは、「ハレルヤ製菓」。阪神高速の渋滞に遭遇したが、天王寺着18時30分。合掌

 平等寺にて  春の風 開帳嬉し 平等寺

    

高野山お礼参り

平成27年4月20日

慈尊院の多宝塔
なんばから44名のお客様と高野山に向かった。岸和田SAで休憩後、花坂ドライブインを経て高野山へ。4月2日よりの開創1200年法要に向けて、大門から奥の院に向かうバイパス道路が完成し、町内の混雑が緩和されている。しかし駐車場では、お客様を乗降させてのみで、専用駐車場にて待機となる。雨が降る中、和尚は和装の合羽を初使用、料金も高かったがこれは優れものだ。納経用品を預け忘れた方がいて、和尚が走って納経所に行くが、添乗員の姿は見えない。携帯に電話を入れると、いつもは使っていない入り口の納経所が、団体専用になっているという。また、戻る羽目に。お客様は、ガイドさんに導かれて御廟に向かっている。和尚一人が、走り回っていた訳だ。奥の院のお参りを終えると13時前、それから軸装や念球仕立ての説明と受付という。お昼は赤松院の予定だったが、向かいの宝善院に変更。結局、お食事は14時前になってしまった。
それから、金剛峰寺の拝観。ガイドさんはつかないので、和尚が案内役を務める。今回の特別御開帳は「持佛大師」、別殿にてお茶とお菓子をいただく。お山を15時半ごろに出発し、花坂経由慈尊院へ。慈尊院も高野山の法要日程に合わせて本尊弥勒菩薩の御開帳中。拝殿で勤行の後、自由にお参りしてもらう。(特別拝観料500円)
道の駅「柿の郷九度山」にてトイレ休憩し、なんばへ。19時15分帰着。雨の中お疲れ様でした。

 奥の院にて 八重桜 お礼参りの 奥の院

2015年4月15日水曜日

京都三弘法と高野山御礼参り

平成27年4月13~14日

東寺の八重桜と五重塔
2年に1回の和尚のオリジナルツアー。今回は高野山開創1200年と慈尊院のご本尊ご開張というタイミングに設定しているので、定員30名のところほぼ満員の盛況。堺の戌年同行会のメンバーと和尚の仲間グループの合体ということだ。京都三弘法の御案内は、兄弟子の東寺前教化部長の土口哲光師にお願いした。難波~新大阪を経由して東寺に9時30分というスケジュール。三弘法とは、東寺、仁和寺、神光院をさす。かっては、東寺で菅笠、仁和寺で金剛杖、神光院で納め札入れを仕入れて、お四国の御参りに出発したというのだ。近年、此の霊場会も復活し、今ではその三品を模した木札を集めてお守りにするのだ。東寺では、御影堂、金堂、講堂、小子坊、観智院本堂と廻る。土口先生の丁寧な解説付きなので皆、大満足だ。たっぷりと東寺を満喫し、仁和寺に向かう。御室桜で、有名なところなのでこの時期は、名残の桜を求めて大変な人出だ。しかし、我々の目標はお大師さまだ。桜ゾーンを過ぎ大師堂に近づくと、人出もまばらになる。薄暗いお堂でお勤め。神光院では、若住職が待ち受けてくれていて、本堂に上がり法話を頂く。弘法大師自刻の大師像があるところから、三弘法の一つになっている。納経の終わるのを待ちながら、お弁当タイム。東寺で土口先生とお別れして、慈尊院を目指す。21年振りの本尊弥勒菩薩のご開張。戌年同行会は、戌年に堺発でお四国を結願したメンバーの同窓会で、このご開張を待ち望んで今日まで例会を続けてきたのだ。丹生都比売神社には17時頃になると思い連絡を入れると、本来16時半までだが、待っていてくれるという。社務所に駆け込むと丹生宮司もいらっしゃって、久方ぶりの御挨拶ができた。初めての方が多いと聞かれて、由来や高野山との関係など詳しく解説してくださった。感謝感激だ。お宿の無量光院に18時頃到着。奥様や若い役僧達のお出迎えを頂く。バスとはここでお別れ。夕食時には、副住職のお話もあり、お膳には1200年記念として土生川正道前官様のご染筆と腕念珠が置かれていた。ビールやお酒がドンドン出され、若僧侶らのお酌で御婦人達も盃がすすんだようだった。(このお酒類は、無量光院のご接待なのだ。)
14日 6時から新本堂で朝の御勤め。和尚も内陣で御一緒させていただく。いつもながら1時間半たっぷりの法要。10人以上の僧による法要は、荘厳で迫力があり、メンバーは感激の面持ちだ。揃って朝食を頂き、8時半中本名玉堂のマイクロバス2台の送迎で奥の院へ。ガイドは、いつもの井本さん、珍しく女性の公認ガイドで、和尚のツアーはいつも彼女なのだ。1200年の法要期間とあって、奥の院は大賑わい。金剛峯寺の拝観を済ませると、丁度お昼時。中本名玉堂で、天麩羅そばと柿の葉すしをメインとする料理を頂く。食後は、自由行動とし、15時15分集合で解散。和尚は、霊宝館、中門と廻り金堂の拝観をと思ったが、14時からの法要のタイミングで諦めた。
今回の開創1200年のスペシャルは、金堂の薬師如来の拝観を残すのみ、先達大会や信貴山の法要にも参加するので、その時の楽しみに置いておくことにする。中本名玉堂のマイクロバスで高野山駅まで送ってもらい、帰路につく。二日間、雨だったがとても有意義なお参りができました。井本ガイドの「お大師さまの嬉し涙ですよ」という言葉に納得。合掌

 仁和寺にて  仁和寺や 名残の櫻 人の波

 奥の院にて  春雨や 大師の嬉し涙とか

2015年4月11日土曜日

西国1回 青岸渡寺 三国ケ丘発

平成27年4月8日

那智の滝の入り口
久し振りに三国ケ丘から添乗。バスは天王寺から廻って来るのだが、15分遅れで到着。雨の降る中、お客様には申し訳ないが、雨のせいでいつもより渋滞がひどかったようだ。遠距離の日帰りとあって、ドライバーも2名、38名のお客様と8時15分出発。紀ノ川SAで休憩、南高梅の中田食品に立ち寄る。いろいろな梅酒や梅干しなどのお試しが出来るし、隣接の「ギャラリー梅園」の美術品観賞もお薦めだ。そこから那智の滝の麓にある「かまセン」まで約2時間弱、お弁当を頂きながらの走行。ここで蝋燭、線香をpick upし、かまぼこなどの試食、そしていよいよ御参り開始だ。
まずは、那智の滝、雨で滑りそうな石段を130段下り、記念撮影。14時頃から、青岸渡寺への参道を上る。石段は、460段ほど。本堂でご住職にご挨拶、いつのようにご法話をお願いする。西国の札所の中で、ご住職が親しくお話をしていただけるのは、ここだけなのだ。霧がかかり、境内から那智の滝の見えないのが、残念だった。隣接の那智大社に詣でてから下山、名物「黒飴ソフト」を堪能。15時20分、帰路に就く。2ヶ所で休憩して、三国ケ丘到着は20時。いつもより1時間近く速かった。雨の中、怪我もなく結構でした。合掌

 春雨や 黒飴ソフト 那智の山
 
 偲ばるる 熊野古道の 初桜

2015年4月10日金曜日

四国7回 38~43番 なんば発

平成27年4月6~7日

延光寺本堂と枝垂れ桜
四国最南端の足摺岬から宇和島方面に北上するコース。長距離とあってドライバーさんも2名体制だ。阪急からは、我々のバスのみとのこと。梅田経由で7時20分出発、お客様は42名。当初の予定では、39番延光寺から廻り、出来れば38番金剛福寺もと相談していたが、3回の休憩を取って時間を計ると30分程足りそうもない。そうだとすると、38番金剛福寺を打って、岬巡りも済ませておく方が動きやすいと方針変更。黒潮市場の立ち寄りも済ませて、明日は一気に延光寺からと云うことだ。金剛福寺に16時15分到着、小雨の中を岬巡りも済ませて、足摺サニーサイドホテルに18時頃入れた。前回は、四万十川の遊覧も付いていたので、宿入りも1時間ほど遅かったのだ。夕食は「鳴子踊り」のパフォーマンス付き。温泉に浸かり、たっぷりと睡眠を取らせていただいた。
7日 7時半出発予定のところ、おばさま5人組が姿を見せない。皆で遅れれば怖くないと云うところか。5分遅れで出発、1時間半ほど走り39番延光寺へ。まずはトイレに案内、本堂から大師堂そして目洗いの井戸へ。鶴の朱印を推している人は、ここでは亀の朱印だ。40番観自在寺からは、伊予の国、平城天皇ゆかりの寺。大師堂の周囲のお砂踏みも。近くのホテルサンパールでお弁当をpick upして食事をしながら41番龍光寺へ向かう。龍光寺参道にある「雨月庵」に声を掛け、お茶と御饅頭の試食をお願いして、お参り。稲荷社と神仏同居の丘で、通称「三間のお稲荷さん」。試食をすると、さすがに御饅頭が良く売れている。ほんの数分で、42番佛木寺、豪壮な山門が素晴らしい。打ち止めの43番明石寺へは、かっては山越えで1時間は要したが、高速道路の開通でほんの1区間、15分ほどで到着する。山門に「釋空海」の漢詩が額になって掲げられている。「三宝鳥」と題されているが、「後夜聞仏法僧鳥」が正しい。詩吟の世界で、唯一吟じられる空海の作だ。そんな説明をしながら、一吟披露。打ち止めは14時45分、帰路も3ヶ所で休憩を取り、梅田21時、なんば21時15分。お疲れ様でした。遍路のベストシーズンとあって、車窓から歩き遍路の姿を良く見かける。午前中、数えてみると外人カップルを含め20名ほどだった。「遍路」が春の季語というのも良く判る。合掌

 足摺岬にて  春雨や 足摺岬 七不思議

 延光寺にて  南無薬師 祈る遍路や 延光寺

 明石寺にて  花吹雪 舞踊りたる 明石寺