2012年7月27日金曜日

近畿三十六不動 第2回 30~32番

平成24年7月27日

滝谷不動明王寺
大和伊賀巡礼会の第2回、お客様は22名。和尚は自宅近くのバス停にて9時前に拾ってもらった。今回は、吉野地区の2ヶ寺と滝谷不動の3ヶ所を回る。いずれもこの3ヶ月の間に下見をしておいたところだ。まずは30番如意輪寺に向かう。後醍醐天皇の勅願寺で名前の通りご本尊は如意輪観音だ。本堂の右手に「難切り不動」石像が祀られている。石像不動としては日本最大だ。かっては不動坂にいたのだが夢のお告げで如意輪寺に行きたいというので移されたとか。不動坂に祀られていた時に牛車が転落したが、その農夫の身代わりになって左手を負傷され人命を救助された記録があり、交通安全の守護神とされる。また、楠木正行が辞世の句を扉に矢尻で刻んだことでも知られている。次の31番龍泉寺まで1時間ほど、少し早いがお弁当をいただくことに。龍泉寺は大峯山寺の護持院の一つで「大峯山内道場」の看板が上がる。ご本尊は弥勒菩薩。本堂には、弥勒菩薩を中心に右端にお不動さん、弘法大師、理源大師、役行者も祀られている。お勤め後、八大龍王堂に上がりお参り、天井の彩色された龍の絵が素晴らしい。滝の行場に案内して洞川を後にする。吉野山系を下り、金剛山系を越えて富田林へ。32番滝谷不動明王寺のご本尊不動明王と脇侍2体は弘法大師の作で重文。眼病平癒の霊験で知られている。寺務所に声をかけて本堂に上がらせて頂きお勤め、滝の行場に行くと、空き缶に生きたどじょうが入れてある。このどじょうを川に流すと身代わりとなって厄を流してくれるというのだ。お客様と3人で試みる。お賽銭は100円だった。ワイワイと笑い声に満ち満ちた楽しいお参り、次々とおやつが回ってくる。17時過ぎには、和尚の自宅近くに到着。ご馳走さまでした。また来月に。合掌


 滝谷不動にて  滝谷や 身代わりどじょう 夏不動

2012年7月26日木曜日

四国4回 17~23番 なんば発

平成24年7月23~24日

なんば発8時20分、42名のお客様と出発。この4回目というのは、今までの3回が日帰りであったので、この回より1泊2日となる。お客様も少し緊張する回かもしれない。淡路SAで休憩後、17番井戸寺に11時に到着。全国的にも珍しい七佛薬師がご本尊で、大師の面影の井戸でも名高い。山門も蜂須賀公の大谷別邸のご門を移築したとあって豪壮なものだ。本堂で堂守のおば様にご挨拶してお勤め。お会いするのも久しぶりだ。20番鶴林寺に向かう道中でお弁当を摂っていただく。いつもは、通称みかん山を登っていくのだが、日本交通バスは迂回して走る。お参り後は、笈摺の背に鶴の朱印を押していただく。39番延光寺の亀の朱印とセットにするのがお勧め。21番太龍寺へは川越、山越のロープウエイで10分、毎時0分、20分、40分に発車する。ギリギリ12時40分発に間に合った。下りは、15時40分発と伝える。本堂は昨年の台風で巨木が折れて本堂を直撃、未だ工事中で仮本堂でおまいり。大師堂は、高野山の奥の院と同じ配置で「西の高野」といわれる由縁だ。鶴林寺の三重塔の屋根が遠くに確認できる。良く手入れの行き届いた境内に紫陽花が満開だ。下界とは気温が違うのを実感できる。なんとかもう一ヶ寺行けそうと、23番平等寺を目指す。16時20分頃に着けそうなので、大師堂で蝋燭、線香を供養してから本堂に上がるようにお伝えした。16時半を過ぎると、安全のため火の気は自粛する「運心」でお願いすることになるからだ。本堂では、「びんずるさん」の話や「遍路は春の季語」の話で盛り上がった。打ち止めは17時丁度。お宿は眉山の麓、「偕楽園」、夜の「阿波踊り会館ツアー」に参加したお客様も半数ほどいらっしゃったようだ。
大龍寺の紫陽花
24日、この日は大阪天満宮の「天神祭り」であり、俳句では「河童忌」、つまり芥川竜之介の命日である。そして和尚の66回目の誕生日なのだ。そう話すと、どっと沸いた。8時出発、18番恩山寺に向かう。大師の母公・玉依御前ゆかりの寺、ここで御髪を下ろされた。また、源義経が屋島の合戦に向かう上陸の地でもある。17番井戸寺で本堂に上がらせていただこうと声をかけたが、本日は「施餓鬼供養」の日と断られた。亭主殺しのお京さんの「黒髪堂」に案内する。残念ながら門前の「立江餅」も40分ほどしないと出来上がらないという。打ち止めは23番薬王寺、厄除けのお薬師さんとして全国的に有名で、和尚の師僧・砂原秀遍東寺長者の修行の寺でもある。厄坂の石段を上り詰め、本堂に。声を掛けて本堂に上がらせていただいた。護摩が焚かれていて、お客様は感動の面持ち、塗香をして差し上げ、作法を説明する。大師堂で打ち止めし、61段の還暦坂を上がり喩祇塔へ。五智如来を前に解説する。二階へ上がると、海亀が産卵にやってくる日和佐の海岸や日和佐城の景色が素晴らしい。昼食は薬師会館の松屋。帰路、洋菓子の「ハレルヤ」、淡路HWOで休憩して大阪へ。なんば17時半着、うだるような暑さの中のお参り、お疲れ様でした。合掌

太龍寺にて   山高く 紫陽花残る 太龍寺

平等寺にて   びんずるを 撫でて祈るや 夏遍路

薬王寺にて   厄坂に 1円並ぶ 夏遍路

薬王寺にて   厄臼に 年数突くや 夏遍路

                               河童忌に 我が生まれし 奇縁かな

2012年7月19日木曜日

中部阪急 西国4回 9~16番+元慶寺

平成24年7月17~18日

三室戸寺の睡蓮
岐阜、大垣、一宮方面よりのお客様27名と10時半に興福寺南円堂で合流することになった。到着を待っていると大阪阪急のバスが次々とやってくる。都合3台、10番、11番は同じ時間帯のお参りとなりそうな気配だ。9番南円堂から打ち始める。昼食会場の「喜撰茶屋」に向かう間にやっと朝のご挨拶。お四国や西国で和尚と一緒だtった方が4~5名いて心強い。「喜撰茶屋」は、宇治平等院のすぐそばなので、お客様の半数ほどが拝観を希望しているという。食事を含めて1時間半ほど時間を取ることになった。和尚は、食後のコーヒーを求めて、近くの「日の出園」に入ると、既に5~6名のお客様も。梅雨明け宣言の出た猛暑日とあって、そうゆっくりとは拝観もできなかった様子だ。しばし涼を取りながらのご詠歌談義。予定より早く10番三室戸寺へ向かう。駐車場にバスが3台、予想通りだ。花の寺として名高い三室戸寺の今は、蓮の花だ。本堂前に水鉢がビッシリと並べられ、花が咲いている。11番醍醐寺でも同様の込み具合、到着して出発するまで1時間半もかかってしまった。大阪組は醍醐寺で打ち止めだが、我々はもう一ヶ寺、番外の元慶寺が残っている。添乗員に電話を入れてもらうと17時までは待っていてくれるとか。ハラハラさせられたが、なんとか17時前にたどり着けた。
お宿は雄琴温泉「雄山荘」、8階の和尚の部屋から琵琶湖の景色が素晴らしい。
18日。夜明け前に起床、TVの天気予報では、今日も猛暑日、熱中症に注意と呼びかけている。朝の露天風呂を楽しんで、7時朝食、8時出発。14番園城寺(三井寺)の観音堂までの石段を登り切って、納経所に挨拶に伺うと、堂内でのお勤めをすすめていただいた。朝一番のお陰か。山内を歩き金堂へ。堂内を説明しながら拝観する。近江八景に謳われた「三井の晩鐘」が一打300円と云うので数名のお客様と試みる。重々しくも、荘厳な音色だ。
次いで、12番正法寺(岩間寺)への山道を登る。雷封じの観音様として有名だが、本堂前の池も由緒あるものだ。松尾芭蕉の『古池や蛙飛び込む水のおと』の古池が、これだというのだ。池の前に芭蕉直筆の句碑が立っている。
山を下り13番石山寺へ。和尚の所属する東寺真言宗の大本山だ。見所の多い寺なので、お勤めの後は時間を取って、自由に散策していただく。お昼は門前の「洗心寮」、名物の「しじみご飯」が美味しい。
午後からは京都市内、まずは15番今熊野観音寺。本堂に上がりお勤め。若い僧侶のミニ法話は後白河法皇の頭痛を平癒したところから枕カバーが授与品となっているとのPRも。打ち止めは16番清水寺、オフシーズンというが、観光客は多く、外国客が目に付く。本堂に上がると、東日本大震災の流木で彫られたという「大日如来」像がどーんと鎮座されている。観光客ばかりでおまいりする姿はほとんどない。ゆっくり山内を散策できる時間を確保し解散。16時まで自由行動だ。和尚は、電通の先輩が営む「村上喜宝堂」におもむき、お茶と冷菓で一服させていただいた。
16時に駐車場でお客様とお別れ、猛暑のお参り本当にお疲れ様でした。合掌

    三室戸寺にて  今まさに 睡蓮の寺 三室戸寺

 雄山荘にて   夜明け前 近江八景 夏の宿

 岩間寺にて   蝉しぐれ 芭蕉を偲ぶ 古池や

    園城寺にて   三井の鐘 響き届けや 夏の雲

   園城寺にて    園城寺 読経の声 蝉の声

2012年7月12日木曜日

西国10回 28~29番 西大寺発

平成24年7月11日

成相寺の孔雀明王
JR奈良~西大寺ルートでお客様は40名、そのうち10名ほどがかって和尚と一緒の方。阪急から宝塚ルートと梅田ルートから各1台、合計3台のバスが向かっている。赤松PAで休憩を取り、一気に28番成相寺を目指す。ほとんど同時に3台が到着し、奈良組は最後だ。宝塚組のお勤めを待って、梅田組と合同でおまいり。内陣で「地獄絵図」の展示がなされており、拝観する。お客様には左甚五郎の「真向きの龍」が人気だった。納経に時間がかかったっが、山を下り「シーサイドセンター」で天橋立の松並木を眺めながらの昼食。時間差を作るためゆっくりとお買い物も楽しんでいただいた。1時間ほどで29番松尾寺へ。本堂外陣でお参りのあと、内陣を拝観させていただく。お前立つの馬頭観音さんが迫力だ。ここまでは心配された雨もなく、よいお参りができた。少し降り始めたが、そんなには濡れずに済んだ。帰路、宝塚西トンネル付近で若干の渋滞にあったが、スムースに走れ、西大寺18時頃到着。合掌


 成相寺にて  緑濃き 天橋立 梅雨晴れ間

 成相寺にて  紫陽花や 今が盛りと 山の寺

 松尾寺にて  さみだれや 馬頭観音 青葉山

2012年7月10日火曜日

中部阪急 逆打ち7回 36~24番

平成24年7月7~9日

愛知県各地からのお客様36名一行にお供することになった。合流ポイントの新大阪発8時17分のひかり493号に乗り込み、添乗員と打ち合わせ。昨夜からの雨も上がり徐々に青空が広がっていく。岡山でマリンライナーに乗り換え坂出駅に。高知県交通バスが、待っていてくれる。アシスタントがいないと気にかかっていたが、なんとバスのガイドさんが、納経の補佐をやってくれると云うのだ。12時半頃、青龍寺近くの「三陽荘」に到着、まずは腹ごしらえだ。打ち始めは36番青龍寺、マイクロで門前まで送ってもらう。横綱朝青龍の明徳義塾相撲部が、うさぎ跳びで登ったという170段の階段を、ゆっくり登り境内に。下りは、スロープを使い「恵果堂」の前に出る。弘法大師の師である真言七祖恵果阿闍梨をお祀りしてある。お四国で「恵果堂」があるのは此処だけだ。お大師が、恵果阿闍梨の報恩の為に建立したと云われる寺であるだけに、寺名も唐の長安・青龍寺にちなんでいる。35番清滝寺には、麓のスパーマルナカの駐車場でジャンボタクシーに乗り換えて細い山道を登る。カーブも曲がり切れなくて、2~3度は切り返しのポイントがある。お客さんは冷や冷やだが、ドライバーさんは馴れたものだ。勤行後は、境内に立つ薬師如来の台座に造られた戒壇巡りを体験してもらう。漆黒の闇の中を上がったり下ったりする小さな段差の階段を、足元に気遣いながら、右手を壁に添え一周してもらうのだ。和尚は出口で、お迎えするのだが、出て来た時の安堵の表情が素敵だ。34番種間寺に向かう「あじさいロード」に期待していたのだが、残念ながら花は既に終わっていた。安産祈願のお寺とあって、無事出産後に奉納された底の抜いた柄杓が、子安観音像の周りに並んでいる。結構高齢出産で、40歳代の方もチラホラ見受けられる。16時打ち止め。桂浜に向かい、記念撮影の後は自由散策に。17時半高知プリンスホテル入り。
8日 8時出発。33番雪渓寺は、長宗我部家の菩提所、隣接の秦神社も元親親子を祀る。この辺りは長宗我部の霊場と云える。32番禅師峰寺は、行基菩薩(禅師)が開いた峰の寺と云うことなのだが、地元では「峰寺」だ。境内からの景色も素晴らしい。31番竹林寺は、『坊さんかんざし買うを見た』の「おうま・純信」の恋物語ゆかりの寺であるが、五台山の頂上近くにあり緑豊かな雰囲気の良いお寺と云う方が勝っている。本堂・大師堂の後に、五重塔や一言地蔵に案内する。30番善楽寺に着くと、バス3台が先着し、狭い境内はお遍路さんで満ち溢れている。3台は、島根からの一行と云う。隙間をぬって、大師堂から本堂へとお参りするが、さすがに納経は遅れてしまった。早めに入って欲しいと云われていた昼食会場の「土佐海」に入れたのは、真にお昼時。29番国分寺は、別名「土佐の苔寺」杉苔が美しい。和尚の錫杖や網代笠の面倒を見て頂いたお店が門前にある。顔を出すと親父さんが急逝したという。聞けば末期癌だったとか。息子さんが、お店を切り盛りしていらした。28番大日寺へ150mの上り坂、本堂の扉が開いていたので、覗いて声を掛けると本堂でおまいりしても良いと云う。和尚も数十回来ているが、初の体験だ。外陣に座り、彩色された本尊大日如来をお客さんと有難く拝ませていただいた。奥の院まで足を延ばし「爪彫薬師」を拝む。涌く霊水も咽にさわやかだ。1時間程走って、打ち止めは27番神峯寺。マイクロに乗り換えて山門近くまで。駐車場から参道を登ると、水谷繁治・しづ夫妻の「報恩の碑」が待っている。長年、脊カリエスを患っているしづさんがご縁を頂いて、この寺で歩くことができるようになったと云うのだ。同郷の方の話とあって、お客さんは感概深げだ。「神峯の水」をいただき、汗を拭い、呼吸を整えてのお参り。打ち止めは16時半。麓まで戻り、地場産品直売「神峯」でお買いもの。一番人気は「お遍路さんのピンバッチ」かも。お宿は、土佐ロイヤルホテル。近くの阪神タイガースのキャンプ地安芸を通るのだが、大半が中日ドラゴンズのファンなので、無視されてしまう。このホテルの露天風呂は広々とし、海洋深層水を使ったお風呂もあって大満足だ。
9日 朝湯を楽しんで、7時半出発。26番金剛頂寺に向かう。国道からの進入路、2km程が離合できない狭い道路なので、門前駐車場に店を出す「はらみたや」に電話し状況を確認する。すると、青バスが2台下って来ると云う。これは始めてのことだった。この寺の本堂は、雄大で荘厳もキッチリとして見事だ。本尊薬師如来(お前立)の向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩、さらに十二神将の拳族を配置し、右前には不動尊護摩壇、左に愛染明王だ。両部曼荼羅もあって和尚の説明にも力が入る。お参り後は、「はらみたや」のアイスクリンに列をなし、自慢の五鈷杵のペンダントや手造りのさんや袋も良く売れていた。何しろ親父さんの手が起用で、なんでも手造りしてしまうのだ。25番津照寺の石段は予告していたより大変だったようだ。総数は120段位なのだが、踏み幅が狭く歩きずらい為かと思う。ガイドさんが、門前のスーパー「夫婦善哉」の芋天麩羅が美味しいというので買ってみた。100円で5切れ入り、本当にお薦め商品だった。いよいよ24番最御崎寺で打ち止めだ。説明ポイントが多く、困ってしまう程の名刹だ。突かせていただける梵鐘も腹に響く良い音色だが、本来の梵鐘は何度もNHKの除夜の鐘に登場した名鐘なのだ。大師堂の脇に「一畑薬師」が勧請されている。
ついで、麓の御蔵洞に案内する。『三教指帰』にも登場する大師の修行の地だ。海に向かって二つの洞窟がある。和尚もガイドさんも向かって左が修行の場と思っていたが、納経所で聞くと左は居住地で右が修行場と云う。左は奥深く、スペースも広い。中から見る外の光景は、空と海しか見えず、これぞ「空海」と思っていたのだ。右は、奥行きも浅く、風雨にさらされる。その意味では、修行地にふさわしいのかも知れない。さらに海辺に降りて、岩場の間に設置された遊歩道を歩いて、昼食会場の「ホテル明星」に向かう。途中にある「弘法大師行水池」を見るためだ。お大師が御蔵洞での禅定中に、明星が口に飛び込んできたという。それから取ったネーミングで「あけのほし」と読む。
坂出まで戻り、岡山経由の帰路だが、岡山駅でお別れする。お客様は13号車、和尚は自由席で5号車と云う訳なのだ。天気予報では、梅雨の晴れ間の数日間とは言っていたが、まさしくそのど真中。心温まるお参りができました。お心遣い頂き、本当にありがとうございました。合掌

出発前    七夕に 逢えぬ二人の 涙雨

土佐路にて  早稲青く 生姜緑に 土佐のみち

三陽荘にて  子供らの 水浴び待つや 土佐の海

御蔵洞にて  お大師の 行水池や 夏の磯

(写真は、上は竹林寺の五重塔、下は最御崎寺の一畑薬師)

2012年7月4日水曜日

四国7回 38~43番 堺発

平成24年7月2~4日

和尚は堺から合流、お客様は31名、もう1台泉南から出ている。8時前に堺を出発し、3回休憩してやっと39番延光寺にたどり着くという、お四国で最も遠いコースだ。延光寺に着いたのが15時過ぎだから、その遠さが分かるというもの。このコースには、日本有数の清流・四万十川の川下りのオプションがついている。幸いお天気で上々のタイミング。38番金剛福寺の参拝は時間切れだが、日も永いので岬の散策と記念撮影は、夕方に済ませることにした。お客様も大賛成だ。30分ほど掛けて岬を廻る。もう蝉しぐれがすごい。それにウグイスの声が重なる。四国最南端の景色を堪能してホテル入り、定宿のサニーサイドホテルだ。断崖にへばりつている構造なので、部屋からの景色が素晴らしい。夕食時には、鳴子踊りが披露され、飛び入りで参加するお客様も。
4日は、金剛峯寺のお参りから。大師堂横の五智如来像や五輪塔等の説明をする。本堂に廻りお参り後は、側面から裏手に祀られている五智如来、十三佛などの仏像群を拝観する。足摺岬を打ち戻ると、土佐清水港だ。黒潮市場でお弁当を積み込むのだが、ここの名物は「鮪のかぶと煮」。「試食もあるからお試しを」と話しておいたが、一人で4~5箱抱えている人もあるほど好評だった。
40番観自在寺へのルートをドライバーさんは海岸線の国道321号線を選んだ。景色も良いし、信号がほとんどないので、快適なドライブだ。10時半過ぎ観自在寺着。平城天皇ゆかりの寺で、御髪塚もある。ここでは、薬子の乱の話をさせてもらうことにしている。本来の名物は、大師が掘られた六字名号の宝印で刷った手ぬぐいだ。病気平癒に霊験ありで枕の下に敷くのが良いという。大師堂の周囲がお四国のお砂踏みとなっており、皆で一周する。
41番龍光寺までに間に昼食を摂り、参道を登る。下りは、風月庵でお茶をいただきながら、お饅頭の品定め。新発見は最中の美味しかったこと。あっさり味で、お裾分けの添乗員の声もgood!
42番佛木寺の新しい山門に圧倒される。43番明石寺へのルートが、延長された高速道路を使うと15分そこそこで行ける。いままでは山道を曲がりくねって行っていたのを思うとびっくりだ。本堂がシートに囲まれ補修中。打ち止めなので、大師宝号を多目に唱える。雨の心配をした一日だったが、バス車中では窓に雨は打ちつけたが、お参りになると雨は上がり、傘の必要もなかった。日頃の行いのお陰と、皆で自画自賛。車中でのテルテル坊主の歌が良かったとの声も。明るく、楽しい旅でした。合掌

延光寺にて  赤亀の 朱印背に押す 夏遍路

足摺岬にて  足摺の 岬巡りや 夏夕陽

岬巡りにて  早ばやと 蝉しぐれか 岬道

金剛福寺にて 朝一番 補陀洛東門 夏遍路

(写真は、明石寺の夫婦杉)



読売和歌山 お礼参り

平成24年7月1日

和歌山からのお礼参りの一行が38名、合流地点は道の駅「紀ノ川・万葉の里」(万葉集にこの地を詠じた歌が15首程あるというところからのネーミング)。
9時半頃には到着というので、和尚は自宅を7時過ぎに愛車で出発した。余裕を持ってのつもりではあったが、スムースに走れて1時間ほどで着いてしまった。道の駅の軒下に燕が多く巣を作っていて雨の中を親が餌を求めて飛び回っている。それを眺めながらご詠歌の練習で時間を費やす。
9時25分にバスは出発し、妙寺駅で5名様を乗せ九度山ルートで山登りだ。道幅も狭くカーブも多いので、ドライバー泣かせでもあり、お客様の乗り物酔いも発生する。10寺半に大門到着、ここから高野山ガイドが乗車。高野山では、公認ガイドがついて案内するのが必須なのだ。中の橋より奥の院へ、まずは記念撮影。ガイドさんが、先頭切って大きな声で案内しながら進む。和尚は、最後尾について迷子予防だ。雨もほとんど上がり、傘の必要もない。御廟から地下法場とお参りし、バスに戻ったのが12時半過ぎ、2時間ほどかけてのお参りだった。「一の橋観光センター」に立ち寄りお買いもの、昼食場所の金剛三昧院には13時過ぎに到着した。食事を済ませ、お軸の表装などの発注を済ませたお客様と国宝の多宝塔を前にしばし解説。
金剛峯寺前の駐車場にバスを停め、1時間半の自由行動。金剛峯寺にお参りに行く方、買い物に走る方など様々だ。和尚は数名の方と中門の作業室を見学、日曜日とあって宮大工さんはお休み。特別に室内の見学をさせていただいた。檜の香りが満ち満ちて、木組みの細工も素晴らしい。ついで、隣の「高野山の霊木の家」を見学、高野山の霊木を7~8割使用して建築したという家で、建築費用は、坪単価は100万円とか。「宝くじでも当たればね~」との声も。
15時半、お山を下り妙寺駅経由万葉の里。17時にお客様とお別れした。満願おめでとうございます。合掌

万葉の里にて  雨ついて 餌を運ぶや 親燕

奥の院にて   さみだれや お礼参りの 奥の院

(写真は、金剛三昧院の国宝の多宝塔)