飛倉での茶会 |
茶人でもあった松永弾正久秀が信貴山城の落城寸前、織田信長からの名器「平蜘蛛の茶釜」を差し出せば命は救うとの申し出を断り、茶釜を打ち壊して天主を炎上させ運命を共にした命日が10月10日。信貴山城址保全研究会、三郷町、達磨寺、朝護孫子寺など関係先が連携しての初のツアー。40名定員のところ70名近くの申し込みがあり、バスを追加して対応。9時に王寺駅集合、御墓のある達磨寺での法要からツアー開始、三郷町の松永弾正供養塔から信貴山城の支城である立野城址をまわり信貴山千手院で昼食。午後は、2組に分かれ飛倉での武家茶・三齋流の茶席と本堂での大般若法要。さらに松永屋敷跡や山頂の信貴山城址を巡るという盛沢山なツアーだ。保全研究会の役員の一人である和尚の担当は飛倉での茶会、三齋流からは10名の方が参加、茶会のBGMに鳳笙の生演奏という贅沢さだ。三齋流理事で茶道家元教授の梅村尚子先生は、両親が19代目と20代目の家元というサラブレッド、笙の井原季子さんは、国内外の様々なアーチストと共演されている方。和尚の個人的な伝手でご無理をお願いした次第。飛倉の舞台に平蜘蛛の茶釜と同形のものを飾り、各々36名づつのお茶会は、笙の音が流れる中、梅村先生の解説のもとお弟子さんが御点前、お菓子も松永家の紋章をイメージした特注のもの。なぜ笙の生演奏を企画したかといえば、飛倉の入り口には、笙とたて笛が彫刻されているように、古より信貴山の竹が笙の材料となっていたのだ。快晴に恵まれ、良いご供養の会になりました。合掌
秋深し 笙の音流る 武家茶会
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