2009年7月8日水曜日

千手観音に導かれ(さぬき国分寺と五色台二寺)


平成21年7月6日

ひょんなことから香川県坂出駅に降り立った。時間があるので、お参りをと思い立ち駅前のレンタカー屋さんで車を借りて、3ヶ寺廻った。80番国分寺、82番根香寺、81番白峰寺でいずれも千手観音がご本尊だ。国分寺のご本尊は、十一面千手観音だが御真言は「おん ばざら たらま きりく」だから千手観音に重点が置かれていることになる。重文のご本堂の中に、中央に十一面千手観音、向かって右に不動明王、左に弘法大師が安置されている。大師堂は、納経所と一体になっている。広い境内には、往年の七重塔の礎石なども点在し、かっての豪壮さがしのばれる。
根香寺の仁王門の左山側に「牛鬼」像が立っている。弓の名人山田蔵人高清に退治されたという怪物である。仁王門をくぐると石段で一旦下り、また上る。「さぬき六景」の石碑があるように、新緑に抱かれた参道は美しい。弘法大師と甥の智証大師ゆかりの寺で、高松藩主松平頼重公が再興した際に天台宗に改宗させたとか。
白峰寺は、崇徳上皇のご廟(頓証殿)で有名。保元の乱で破れ、讃岐に流され9年後に崩御された。その哀しいエピソードは多い。参道のアジサイが最高だった。 (写真)

2009年7月3日金曜日

お四国の民謡 2 宇和島

宇和島おんど

空に浮かんだ 鶴島城を
ぐるり囲んだ 町模様
伊予の宇和島 十万石の
意気が波うつ 海のいろ
いっぺんキサイヤ オイデナセ ソレ
宇和島よいとこ オピデナセ

お国自慢は 和霊のまつり
街が湧きたつ 牛相撲
大漁祈願の 景気をつけて
港うずめる 幟船
(おはやし同じ)

戌年同行の会


平成21年6月29日

小雨交じりの天候の中、「戌年同行の会」の日帰り参拝ツアーが、9時に堺駅前を出発した。関西花の寺・天台宗「應聖寺」で沙羅を愛で、真言宗大本山須磨寺を参拝するコース。この同行の会は、先の戌年(平成十八年)の1月から一年かけてお四国を結願したメンバーの集まりである。堺方面の面々は、回を重ねる毎に親しくなり、結願後も交流を継続しようと結集したもの。2月の懇親会と6月の参拝が恒例化しつつあるが、第一回の懇親会から和尚に声がかかり、何度か添乗した先達として参加させていただいている。昨年は、「東寺の特別拝観と神光寺参拝」を企画、今年は、仏教稲門会のメンバーに一肌脱いでもらい、このコースとなった。「應聖寺」では桑谷祐顕住職は、叡山学院の講義で不在であったが、お母様の懇切丁寧な説明と奥様の抹茶のご接待で、皆、大満足。お昼は、ご紹介の「もちむぎのやかた」、これまた珍しく、大好評。そして、須磨寺に向かった。
塔頭「正覚院」住職の三浦真厳先輩が、門前でお出迎えいただき、約2時間近く、境内の歌碑・句碑などをはじめ本堂、大師堂などをご案内いただいた。
日頃のご研究の資料なども用意していただき感謝 、感謝の参拝となった。
手土産かわりに、和尚の「よう、おまいり」をお渡ししたのだが、7月2日に三浦先輩からお電話をいただいたという。和尚の本を読まれて、奥様が同じ善通寺一高の同窓だとのこと。しかも、奥様は和尚が同窓会関西支部の事務局長であることもご存知だという。慌てて、名簿を調べると、確かに総会のご案内を差し上げている。
なんという奇遇であろうか。ご縁はありがたし。 合掌(写真は應聖寺の涅槃釈迦像)

恩師の墓まいり

平成21年6月27日

6月20日に開催された母校善通寺第一高等学校同窓会関西支部の総会に、和尚の同期である高畑保夫、佐藤方義両君が出席してくれた。ちなみに和尚は、事務局長を仰せつかっている。話題になったのが、恩師西川謙三先生のことである、平成10年に亡くなられ、佐藤君が葬儀にも参列とのこと。2~3年前の息子さんのお便りに京都にお墓を建立したとあったという。お世話になった悪がき3人、墓参りに行く事となった。同期のお姉さんにあたる上田利江先輩も同行したいと言うので、京都駅に集合し和尚の車でお墓のある東山「本山興正寺・霊山本廟」に向かった。
寺務所で、尋ねると若い尼僧が、案内をしてくれた。墓石を洗い、しきびを生けて読経し帰ろうとすると、寺務所から老僧が出てきて、「お話をききたいので、お茶でも」と引き止められた。問われるままに、「善通寺一高の教え子です」と答えると、なんと老僧は、昭和31年~34年母校で教壇に立ち、恩師と机を並べていたと言うではないか。すると上田先輩が「楠先生、私の担任でした」と声をあげた。それからしばらくは、昔話に花が咲いた。恩師西川先生は、生徒には厳しいが、暖かく、親身に面倒をみていただいた。しかし、職員室では、変骨で名高く、そのお陰か転勤知らず、定年までの25年間母校で英語を教えてくれた。
恩師の法名は「釈善一」。法名に母校の略称が使われているのを見て、涙を禁じえなかった。また、最初に我々をお墓に案内してくれた尼僧さんも、15年前に母校を卒業した同窓と聞き、ご縁の深さに驚くばかり。 合掌

お四国の民謡 1  庵治

庵治の民謡

舟かくし

よろいに残りし 香りやあわれ
舟をかくして きんだちは
いずちの山に いりたもう
今日も渦まく あおいしお
悲しや平家の 舟がくし
サノヨサノサヨ サノヨサノサヨ

かげをやしまは いりえにうつす
月があれば 銀の渦
黒かみながき 姫のたつ
扇の的ば いてみよと
おぼろの夢や 舟がくし
サノヨサノヨ サノヨサノヨ

結願(阪急トラピックス 中部 第8回)


平成21年6月23~24日

名古屋からのバス(一行29名)に西宮名塩SAからアシスタント吉井君と乗車、添乗員は上林嬢、バスは西濃華陽観光(野崎ドライバー)。まずは昼食、鳴門国立公園内の「うづ乃屋」。丁度、大潮とあって観潮船が数隻出ていた。
83番一宮寺、84番屋島寺、85番八栗寺と周り、宿は庵治観光ホテル。さぬき市の先達、櫻谷和香女史が焼酎とおつまみを差し入れしてくださった。櫻谷先達は、和尚の先達としての姉弟子にあたる。和尚に先達になるようになるように勧めてくれた故六車法善師のお弟子で、和尚夫婦も何度かバスでご指導を受    けた間柄。 24日は、さぬき市の結願コース3ヶ寺。86番志度寺、87番長尾寺、そして結願所88番大窪寺を打つ。
88番での記念撮影、1番での写真と比べると、皆、とても良いお顔になっているはずだ。また大窪寺は、和尚の先達としての推薦寺でもある。槙野恵純住職にご挨拶に行くと、皆さんでと「鈴の音紀行」(和菓子)を4箱もいただいた。昼食会場の「飛猿閣」で配らせていただいた。こちらにも「よう、おまいり」を置いてもらっている。お買い上げいただいた方に、せっせとサインさせていただく。ありがたし。
合掌

ご縁(読売奈良・四国9回 41番~45番)


平成21年6月21~22日

読売旅行奈良営業所主催のお四国バスに添乗。
第8回にも添乗していたので、40名中30名は同じ顔ぶれ。
今回は、前回と話がダブらないように気をつけた。添乗員は、石津・沖のさわやか青年コンビ、バスは奈良観光バス(喜多ドライバー)。初日は、バス遍路では最大の難所45番岩屋寺から、最低30分は、山道を歩かなければならない。皆、汗だくになりながらの参拝で、最後にたどりついたのは、80歳を超える木村のおばあちゃん。権大先達の資格を持つ。岩屋寺の大西完善住職は、早稲田の先輩で「関西仏教稲門会」のメンバー でもある。納経所を訪れ、ご挨拶。44番大宝寺門前「すごうさん」でお茶のご接待を受ける。和尚の「ようおまいり」も置いてもらって懇意にいていただいている。
ホテル奥道後に泊まり、2日目は、源氏ゆかりの43番明石寺、弘法大師が唐から投じた宝珠が起こりの42番佛木寺、神仏同居の41番龍光寺と打って真珠会館で昼食。
森田澄江社長に、いつもいただくハンカチを選んで四方山話しをする内に、共通の友人の名前が飛び出した。
早稲田の稲吟会(詩吟クラブ)で同期の井上三郎君である。彼は軟式野球部にも籍を置いていたと記憶するが 、卒業後地元の新聞社愛媛新聞に編集記者として入社、最後は広告局長を務めた。和尚の電通時代に松山ロータリークラブで欧米のシルバービジネスに関する卓話の機会があったが、彼が駆けつけ記事にしてもらったり、お遍路本の編集を彼が手がけている時には、先達として取材を受けたこともある。
そんな親しい彼と高校の同級生というでは、ないか。そうすると私とも同じ年ということになる。ご縁とは不思議なもの、本当に世間は狭い。一遍に、旧知の友のように打ち解けた。
お土産にと、真珠会館オリジナルで、ここでしか販売しないというチョコレート菓子「パール スイート クランチ」(15個入り・630円)をいただいた。「宇和島市推奨品」で、ひとつひとつ包装されているところから、出張のお土産として皆に配るのに便利と、良く売れているとか。歯ざわりがサクッとして美味しい。
そうそう、龍光寺門前の「風月庵」で和生菓子「福印黒糖饅頭」と「福印吹雪饅頭」のご接待をいただく。 黒糖饅頭は、漉し餡と黒糖、吹雪饅頭は、粒餡と山芋粉がアレンジされているが、結構大きくて好評のようだ。ご縁に感謝、感謝の遍路旅であった。 (写真は岩屋寺大師堂・重文)          合掌