2023年4月20日木曜日

供養の旅へんろ 第1回

令和5年4月10~11日

「 梅香院眞誉誠信秀英居士」の35日法要を終えた時、供養のために四国遍路に行きたいとの声が上がった。旧友も、付き合うというので、先達二人を乗せて出発することになった。基本は、和尚の開いている月、火曜日の2泊3日として取り敢えず4月からスタートした。10日の9時難波集合としたが、ラッシュ時とあって八尾の自坊から1時間半近くかかってしまった。高速道路は、スムースで淡路PAで休憩し軽く朝食の後、1番霊山寺に向かう。本堂でいつも法話をしてくれる尼僧さんに久しぶりの御挨拶。2番極楽寺にへ。お参り後、大阪名物のお菓子を手見上げに、大奥さんを訪ねる。いつも季節の品など送ってくださるのだ。コーヒーなど頂いていると、先代住職の絽の改良服を下さるという、少し丈は長いが、サイズは合う。有難くいただいて失礼する。3番金泉寺では、いつものように大師堂に入ってお勤め。4番大日寺は、改修がすすみ、一段と見事になっている。5番地蔵寺から7番十楽寺と回り、8番熊谷寺へ。お参り後、納経所で勤めている昔の遍路仲間にばったり。泊まりは、6番安楽寺。旅行援助で宿泊費は2割引き、更に2000円分のクーポン券もついているという幸運。夕食後は、法要の後、精霊流しや護摩供養などいつものコース。温泉を楽しみ寝床に。

11日

朝食後、2日目は16番観音寺から逆打ちで参ることに。同行が白衣の襟に梵字の光明真言の印判を押してもらいたい方の白衣を預かっていたからだ。15番国分寺、14番常楽寺と走り13番大日寺へ。大師堂に小石にペイントされたお坊さんの絵を発見、スマホに収めた。稲雲俳句会の句集第8巻の和尚のコーナーの挿絵に使うつもりだ。遍路ころがしの12番焼山寺の山道を慎重に走る。山を下り、麓の神山温泉のホテルで昼食。このあたりに昼食をとれるような店は見当たらないからだ。11番藤井寺の藤には、少し早かったが本堂の天井の雲龍の絵を眺めて10番切幡寺へ。急で狭い参道は、車がスリップして、やっとの思いで上の駐車場へ。打ち止めは、9番法輪寺、涅槃釈迦像が本尊だ。15時頃から帰路に着く。

第2回は6月の予定

2022年7月8日金曜日

38周目の仕上げに室戸へ

 令和4年7月3日

信貴山の毘沙門天王出現祭に出仕の後、午後は詩吟の講師会に出席、夜のオレンジフェリーで四国へ向かった。出現祭の後、わずかな仮眠だったので睡魔との闘い。出港は22時だが20時に乗船できるので、それに合わせレストランでまず一献。大浴場で疲れを取って、ぐっすり。東予港には6時入港、室戸に向けてひた走る。高知に入りコメダ珈琲でモーニング。雨の中、最御崎寺参拝。表参道にダンプカーが行き交うので、何事かと思ってみていたら、どうやら室戸灯台付近の工事のようだった。知らなかったのだが、霊場会の新しい授与品は、弘法大師の御一代記を絵札にしている。ちなみに24番最御崎寺は「⑯室戸で悟りを開かれる」で明星来影を表す漫画風の絵だ。25番津照寺の門前「夫婦善哉」で昼食の予約をしてから、お参りに。絵札は「81中務茂兵衛の道標石」昼食後、26番金剛頂寺へ。この寺の宿坊に泊まるべく予約を入れたのだが、この時期お休みとのことで、麓の「民宿うらしま」を紹介されたのだった。大師堂の改修が始まっていて、お大師様は本堂に仮安置されていた。お陰でお近くで拝ませていただいた。(瓦を一枚寄進)絵札は「⑲天狗、魔物と問答」。27番神峯寺に向かう途中に、金剛頂寺の分院ともいえる「不動岩霊蹟」がある。弘法大師修行の地とされる洞窟を覗く。敷地内に立派な建物が立てられていて「空海遍路文化会館」との看板。神峯寺のお参りを終えると38周目修了。絵札は「71高野山奥の院ご入定」とある。17時頃に民宿うらしま着。なんと、1泊2食で6000円のだが、コロナワクチン3回接種の証明があれば、高知県東部観光協議会の「ひがしこうちでGO!GO!!おでかけクーポン券」が3000円分頂けるといううのだ。(5月9日~12月31日)

 4日の朝も猛烈な雨、要するに台風4号の影響なのだ。朝食後、28番大日寺に向かう。ご住職は高野山大学の准教授で、同窓会大学院通信教育課程支部の総会にも来ていただいて講演願ったことがある。御朱印を受けて、御在寺かと尋ねるとお顔を出していただいた。高知道の不通の報もあるので、気を付けての言葉と共にご本を2冊いただいた。松長有慶先生の新刊「空海」と弘法大師諡号1100年記念の別冊太陽「弘法大師の世界」。川崎一洋住職も第1章「現代に生きる空海」を執筆されている。ちなみに絵札は「㊲明州から三鈷杵投げる」

雨の高知道を大阪に向け走る。四国山脈を越えて愛媛県に入ると雨は小やみになり、香川県に入ると青空も。良いお参りでした。合掌




2022年6月22日水曜日

西国2回 紀三井寺・粉河寺・施福寺

令和4年6月9日

コロナ禍で御参りも久しぶりの先達添乗。なんば8時20分出発でお客様は22名。今は、定員5割なので、22名とは満席という訳だ。松原線が工事中なので、湾岸線から大和川線を経由し阪和道へ。先ずは施福寺を目指す。山のトイレは、今一つなので道の駅「いずみ山愛の里」でトイレ休憩。9時50分に麓の駐車場に到着し、参道を登る。和尚も衣などをリュックに入れ、Tシャツ一枚でスタートする。ほぼ2年ぶりの山登りで、体力の衰えを感じることに。仏様の曼荼羅がテーマの寺なので、皆が揃ったところでお勤めし、希望の方を本堂内に案内する。納経所には、住職夫婦のみがいらしゃって、ご挨拶。500円の拝観料は、価値があると思う素晴らしさだ。駐車場に全員が戻っての出発は11時30分。

    施福寺や仏曼荼羅夏隣  

昼食会場の和歌山マリーナシティに到着できたのは12時45分。13時40分より紀三井寺へ向かう。なんと、急な石段(結縁坂)の右手に参拝用のケーブルが設置されていた。入山料を含め300円、下りは100円とか。途中までケーブルで、その地点からエレベーターを利用すると石段を利用せずに本堂までたどり着ける。和尚は、納骨殿の十一面千手観音立像(松本明慶柞)の解説を済ませてから、歩いて降りる。山門前の土産物屋で赤樫の木刀を見つけ、3本購入する。国内の木刀製造業者が倒産し、品不足で価格も上がっているようで、居合道の館長から、頼まれていたものだ。14時45分に粉河寺に向け出発、和歌山南ICから紀の川東IC経由、15時30分着。広い境内を説明しながら本堂へ。50分ほどで打ち上げ、帰路につく。岸和田SAでトイレ休憩し、堺・鉄砲出口から26号線を走り、18時15分なんば着。合掌


  

2022年6月8日水曜日

今治9ケ寺巡り

 令和4年5月28日

高校時代の友人が二人、藤間流藤盛会四国支部の舞踊公演に出演するというので、松山に向かった。久し振りにおへんろをと、記録を確認すると38周目の泰山寺から前神寺までの9ケ寺が抜けていた。27日に松山入りし、28日の7時半にホテルを出発し、高速道路を走り、泰山寺ヘ。栄福寺から仙遊寺の間の犬塚池の周辺の改修工事が始まっていて迂回路の標識が随所に出ている。しかし、何時ものように走って問題はなかった。国分寺の納経所で聞くと、お遍路さんは個人が中心でバスは一日1台来るかどうかという程度らしい。お昼近くになったが横峯寺に向かう。森林組合の道路の通行料は1850円。3~4台の対向車を交わしながらゆっくりと登る。駐車場にたどり着くと5~6台のマイカーが。大師堂からお参りし、本堂では下陣に上がりゆっくりとお勤めさせていただいた。山を降りて、前神寺から道沿いに打って行く。吉祥寺の納経所では、各ページの日付について「打ち始めの日ですか?」問われる。高野山の修士論文代替として歩き遍路した時の日付と答え、一頻り話が弾む。宝寿寺にとの間にスパーマルナカを中心とするゾーンがあり、こがね製麺所があった。覗いてみると、満員の盛況。流石に有名店と、迷わず飛び込む。肉うどんにチラシ寿司を注文、無料のトッピングが豊富。宝寿寺にお参りするのは何年振りのことだろうか。霊場会からの脱退騒ぎで、遥拝所でのお参りとなっていたからだ。納経所の係は「お大師様のお陰です」とニッコリ。打ち止めの香園寺は、納経所の新築工事中。大講堂でお勤めさせていただいた。3時半に松山に向け出発、高速を使わず国道を走る。翌日は舞踊公演、市民会館は松山城公園の一角にあり、県立美術館や図書館も並んでいる。広々とした空間で散策やジョギングを楽しんでいる。美術館で刀剣展が開催されていたので、抜け出して見物に。舞踊公演は見応えがありました。4時前に帰路につき、3時間半で帰庵。良く走りました。合掌

五月晴れ鳩追う子供松山城

2021年2月12日金曜日

西国巡拝 4番施福寺

 令和3年2月9日

昨日に続き、泉州路へ車を走らせる。特任権中先達の納経軸の最後が施福寺なのだ。槙尾山観光センターに挨拶し、まずはお買い物。草餅、柿の葉寿し、八朔、沢庵の3本セット。参道の横には昨夜降ったという淡雪がのこっている。昨日と違って、ハイキング客が目に付く。さすがハイキングの名所だ。山頂の境内にもハイキング客がベンチで休憩している。しかし、参拝客は少ない。納経所で昇補の為の確認と申請書を頂き、本堂を拝観する。いわば立体曼荼羅なのだ。唯一というのが「方違大観音」と「馬頭観音」だ。特に馬頭さまは、両足裏を正面に見せているのがポイント。客様がいないので貸し切り状態。山を下りて、観光センターで一服、コロナがいないという事か、日曜日のハイキング客は多かったという。また、「お客様と一緒においでなさい」との声でお別れ。バスツアーが再開するまでに、特任中先達の納経軸が届くと良いのだがと思いつつ、3万円を振り込み、申請書を投函。後は待つのみ。合掌

淡雪の残る山道施福寺や

西国巡拝 11番醍醐寺 10番三室戸寺

 令和3年2月8日

愛車を駆って、宇治方面の2ヶ寺を廻る。11番醍醐寺は、季節によって拝観スタイルが変わるが、コロナ対策もあってか、拝観は伽藍と三宝院のみで拝観料は1000円。観音堂も閉鎖されていて、納経も三宝院だ。仁王門をくぐると、参道の両側は、台風で倒れた木々が根元から伐採され荒涼とした空間となっている。参道の両サイドには「五大力尊」の奉納されたのぼりが整然とはためいている。金堂、不動堂、真如三昧耶堂、祖師堂、五重塔、清瀧宮とお参りするが人影はほとんど無い。三宝院に戻ると、お庭に入ることが出来るが、入り口付近のみ。大玄関に仮の納経所が設置され、正面に准胝観音のお前立と思われる観音様が安置され、僧侶が読経中。そこから奥の表書院に入るのはさらに500円とか。駐車料金が1000円、御朱印料が300円なので、合計2800円。相変わらずの料金体系だ。10番三室戸寺は拝観料500円、駐車料500円、御朱印料300円で1500円。納経所で声を掛けられた。先達の輪袈裟をされていて、先日和尚のバスにお客様として乗っていたらしい。

醍醐寺や五大力尊幟のみ

西国巡拝 16番 清水寺

令和3年1月20日

京都東山「東芳山 花鳥寺」の定例法要と法話の会に田川詠華尼と共に出仕の後、清水寺を訪れた。駐車場もガラ空き、参道の土産物店も7割~8割扉を閉めている。通勤電車なみの混雑で身動きが取れないいつもの参道 と打って変わって、人影も疎らだ。勿論、境内の中も閑散としている。改装なった舞台、音羽の滝も静かなものだ。コロナ禍の清水寺の変貌に驚かされた。

清水の舞台も寂し睦月かな

2021年2月5日金曜日

令和2年12月21日 西国9回 27・28番 天王寺発

 令和2年最後の先達添乗、2台口で和尚は2号車。お客様は20名で8時40分出発。1時間弱で赤松SA、27番圓教寺へのロープウエイ10時45分発に間に合った。境内内バスは往復500円だが、11名が和尚と歩くことに。参道に安置された札所のご本尊を説明しながらゆっくりと登る。本堂でバス組と合流しお勤め、希望者を三ツ堂に案内する。ラストサムライなど多くの時代劇撮影の舞台となっているポイントだ。食堂2階の宝物館を説明しながら案内し、12時30分発のロープウェイで下りるように伝える。バスを停めた「杵屋」でご接待を受け、お買い物タイム。昼食は姫路城前の高田馬場、改装なった姫路城が美しい。26番一乗寺には15時着。門をくぐると正面に石段が迫ってくる。登り切って、本堂でお勤め。下りは、石段を避けて、スロープの参道を利用。西宮名塩SAで休憩し、天王寺着17時40分。

師走風白く輝く姫路城


2021年1月29日金曜日

秀寛和尚と巡る四国八十八ヶ所へんろの旅        

 令和2年12月7日~20日

ハロートラベルサービス大阪が、北海道旭川で募集した四国全周のツアーに、5名の参加者が応じてくれた。一組の夫婦と女性一人、男性二人がメンバー。コロナ騒動の中とあって、キャンセルなどもあったが、千歳空港から伊丹空港に9時30分に到着。和尚も新大阪に前泊してお迎えし、ジャンボタクシーで四国に向け出発。鳴門西PAで、お弁当タイムと納経用品の受領。切幡寺門前の須見光栄堂が事前に希望を聞き、準備してくれたもの。14時過ぎに1番霊山寺に到着、ドライバーさんと朱印作業の打ち合わせをして、御参り開始。2番極楽寺で新住職にご挨拶、また大奥様より有田みかんとすだち焼酎のご接待を頂く。初日の事とあって、早めに切り上げ16時半にホテルサンシャイン徳島に。18時半からの夕食で、件のすだち焼酎で乾杯。和尚にとって残念なのは、呑み助がいないこと。

8日(2日目)今日からは、毎朝検温し健康申告書を提出してもらうことに。もしもの時に備え、医療関係のリストも預かっている。7時朝食、今日の予定は3番金泉寺から11番藤井寺までの9ヶ寺。7番十楽寺を打って昼食、「うどん亭・八幡」でうどんと天麩羅etc.10番切幡寺では、納経所の近くまで行ってもらい、切幡の大塔から吉野川の絶景を望む。11番葛井寺本堂の龍の墨絵が見事だ。16時前に打ち止めし、お宿は神山町の「桜屋旅館」。

9日(3日目)6時半に朝食、7時45分出発。12番焼山寺へ車を走らせる。参道に並ぶ石仏にお客様は感動。杖杉庵では下車し、衛門三郎の撮影大会。20番鶴林寺までの予定なので、少しハードな行程。16番観音寺まで打ってお昼に。「ふじや総本店」(国府町) で昼食後17番井戸寺へ。七佛薬師を楽しみにと案内していたが、コロナのせいか本堂は閉められていた。19番立江寺では納経所に声を掛けて、本堂内でお勤めさせていただいた。20番鶴林寺の打ち止めは16時45分。大龍寺ロープウェイまで走り「道の宿・そわか」泊。和尚が10年前に泊まった時の名前と違っていると思っていたら、経営も変わり改造されていた。コインランドリーがあったので、和尚は洗濯に励む。

10日(4日目)7時に朝食を摂り、8時発の1便のロープウエイで21番太龍寺へ。西の高野と云われるだけあって、大師堂の佇まいは高野山奥の院風である。22番平等寺では、ご住職にご挨拶、皆で記念写真を撮らせていただいた。台湾よりのお地蔵様と和尚企画のカレンダーを送らせてもらうことを約す。住職からは、本尊カードやラムネ菓子を頂く。23番薬王寺も本堂でお勤めさせていただくが、瑜祇塔は閉じられていて、景色を眺めるのみ。海陽町の「遊游NASA」で昼食、阿波の国にお別れし、土佐へひた走る。「みくろ洞」を覗いて、24番最御崎寺、25番津照寺と回り、宿舎の26番金剛頂寺に16時入り。ご住職は入院中でお会いできなかったが、奥様の美味しい手料理に大満足の皆さんだった。

11日(5日目)ご住職が不在なので、6時からの朝勤行は和尚が担当することに。美味しい朝食を頂いて、7時30分に出発。お寺の分院にあたる「不動岩」へ。みくろ洞は、空海の時代は、海水に浸かるという地質学者の説もあり、この不動岩付近の洞窟こそが修行の地とのいわれるのだ。27番神峯寺へ山道を走る。霊水を汲み、本堂への石段を上る。有名な報恩の碑を説明。大師堂を巡って、麓の「神峯」でコーヒ―タイム。面白いマスク入れを購入。28番大日寺の川崎住職は、高野山大学の特任准教授で、「弘法大師空海と出会う」(岩波新書)という名著を出されている。お声を掛けて記念写真を撮らせていただく。昼食は、香南町の高知黒潮ホテル。進入路が分かりにくく、一苦労。29番国分寺は、苔寺の別名がある名刹。30番善楽寺は、元土佐一宮の別当寺。いよいよ日本3大文殊の一つ、31番竹林寺へ。五重塔を見上げながら、石段を上る。絵になる境内で、カメラを担ぐ方も多く、被写体にと依頼される始末。32番禅師峰寺、更に33番雪蹊寺に駆け込み、打ち止めは16時45分。ちなみに雪蹊寺と裏手の神社は長宗我部家ゆかりのものである。お宿は高知駅前のホテル高砂。和尚にとっては馴染みのホテル。

12日(6日目)8時出発に際し、ホテルより馬路村生姜ドリンクの御接待。せっかくだから、予定外の桂浜にご案内。34番種間寺からお参り開始。安産薬師で有名で、無事安産のお礼に底を抜いた柄杓が奉納されている。高齢出産の方が多い。35番清滝寺には、みかん畑の細い山道を登る。境内の薬師像の台座が戒壇巡りとなっている。漆黒の闇を経験して頂く。36番青龍寺は、元横綱朝青龍関の明徳義塾のトレーニング場となっている石段を上る。なんと、旧歴の28日に当たり、本堂のご開帳日だった。昼食は須崎市の柳屋旅館。といっても旅館業より、オーナーの手作り民芸品に特化されている感じ。彼女の作品ではないというが、地元の和紙に描かれた七福神の絵が気に入って衝動買い。お客さんは、GO toトラベルで地域クーポン券が一人7万円あるので、買い物ポイントとして「かわうその里」「ユーイング四万十」を梯子することに。37番岩本寺から38番金剛福寺へひた走る。電話をすると17時までに入ってくださいとの返事。ドライバーさんの奮闘で16時50分に飛び込めた。お参りを終えて出ようとすると、閉門されていて裏門から出る始末。お宿は、和尚仲良しの「民宿・西田」。コロナ禍で宿が無く、無理に泊めてもらったとのこと。懐かしい親父さんが会いにきてくれたが、一線を退き若手にゆだねているという。夕食は、近くの小料理屋、朝食は、お弁当。

13日(7日目)8時に出発し、まずは足摺岬巡りを楽しむ。39番延光寺は、赤亀の朱印で名高い寺。鶴林寺の鶴と並べるのが定番だ。土佐を離れ、伊予の始まりは40番観自在寺。空海の「南無阿弥陀仏」の印判で有名、大師堂を廻るお砂踏みをやって昼食へ。いつもお弁当を積み込むホテルサンパールだ。41番龍光寺は、別名三間のお稲荷さん。門前の「長命水」は馴染みのお店、ご接待を頂き記念写真。(後日、その写真を額に入れて送付)42番仏木寺、43番明石寺と回ってお宿の「宇和島グランドホテル」へ。いつもの店が定休日で残念だったが、地元の料理を楽しむ店で夕食。

14日(8日目)ようやく行程の半分、44番大宝寺より先に55番岩屋寺に向かう。現在のお遍路では、最もハードな札所なので、朝1の元気なうちにという選択なのだ。44番をお参りして、「古岩屋荘」で昼食。かって歩き遍路をの時に、泊まったところ。46番浄瑠璃寺からは松山市内、正岡子規の句碑がある山門から入り、大師堂で稚児大師像を順に抱っこする。47番八坂寺、48番西林寺、49番浄土寺、50番繁多寺と門前まで車を進め、スムースにお参り出来た。お宿は奥道後の「壱湯の守」、和尚も久しぶりの宿泊となる。大宝寺で御朱印ミス、なんとご夫婦の2冊でページ間違い。

15日(9日目)朝食バイキングで朝カレーを頂く。51番石手寺からお参り開始。衛門三郎ゆかりの名刹、宝物館で「衛門三郎再来の石」を拝観。四国屈指の名城・松山城を訪れる。なんと重文の建物が21棟。天守閣まで上り、下りのロープウエイ乗り場集合としたが、男性2人が現れない。携帯への連絡では、二の丸史跡公園に居るという。集合場所を通り過ぎてしまったようだ。その場に居てもらい、車で迎えに行くことに。52番太山寺、53番圓明寺を打って、近くの「ひょうたん」で昼食。これで松山を離れ、今治へ向け海岸線をひた走る。54番延命寺から55番南光坊へ。別宮山の山号のように、元々は大三島の大山祇神社の別宮。山門の大きな四天王が見事。56番泰山寺で打ち止め。お宿は今治国際ホテル。

16日(10日目)8時出発、57番栄福寺を経て、58番仙遊寺への山を登る。山上の宿坊は温泉が湧き、和尚も泊めていただいて朝勤行に参加したことがある。ご住職は空手家でもあるが、聞くと今はお孫さんに教えているという。お声を掛けて、本堂に上がらせて貰ってお参り。59番国分寺は四国の4つの国分寺の中で、最もこじんまりとしているが、握手大師が微笑ましい。高速に乗り、61番香園寺を目指すが、降りるべき小松ICを通過してしまい、次のICから戻る羽目に。大講堂に上がるが、コロナ禍とあって閑散としている。62番宝寿寺が霊場会に復帰したので、香園寺の第2駐車場に建てられていた礼拝所は、撤去されていた。和尚も、久しぶりに宝寿寺の御朱印をいただいた。昼食は、適当なお店がないためお弁当だ。マルナカ伊予氷見店でピックアップ。63番吉祥寺は、唯一の毘沙門天本尊。七福神の残り六体を祀るお堂があり、合わせて七福神参りというわけだ。ここから60番横峰寺を目指す。森林組合の有料道路を恐々登る。何しろドライバーもお客さんも初体験なのだ。山頂の駐車場から境内までは下り坂、ということは帰りは結構な上り坂となる。打ち止めは64番前神寺。納経所の金色の「招き猫」が人気。財布に入れる小さなもので、一粒50円。和尚も20個購入。お宿はルートイン伊予西条だが夕食は外食。

17日(11日目)6時半から朝食バイキング、7時半に出発し、1時間ほどで65番三角寺へ。いつも添乗員が使う裏道で納経所近くまで。一茶が詠んだ山桜が本堂前に。寺名の由来である弘法大師の三角護摩壇跡が池になっている。更に1時間走って、66番雲辺寺へ。10時発のロープウエイに間に合った。山頂の温度は―4度、しかし名物のスキー場は今季から閉鎖という。暖冬で、人口雪を作れど、すぐ溶けてしまい、営業にならないそうだ。本堂の扉も霊水の扉も閉められていた。「四国高野」と言われるだあけあって、大師堂のイメージは、高野山の奥之院諷だ。11時のロープウエイで下山。67番大興寺では、お大師ゆかりの大木が山門で迎えてくれる。真言、天台の両大師堂があるにはここだけだ。昼食は「あめご亭」、雲辺寺から15㎞離れた渓谷沿いにある名店。あまご焼きと祖谷そばが美味しかった。沢庵を皆さんでとご接待してくれた。68番神恵院と69番観音寺は同じ境内にある。建築中だった納経所が完んの鵜池成し、十王堂と一体化されていた。70番本山寺のシャープな五重塔がほぼ修復完成。71番弥谷寺は、納経所下までお寺のマイクロで上る。そこから本堂まで上がり、磨崖仏を拝み、大師堂まで下る。奥に弘法大師の学問所跡がある。麓の「いやだに温泉・ふれあいパークみの」がお宿。17時入り。

18日(12日目)今日は、和尚の故郷コース。75番善通寺を中心とする札所巡りだ。8時に出発、73番出釋迦寺から打ち始まる。弘法大師が子供の時に捨身が岳から身を投げ、お釈迦様がお助けになったといういわれのの寺。少し下れば、72番曼荼羅寺。笠松大師や西行法師の話で名高い。73番甲山寺は、満濃池修復の報奨金の一部で建てた寺。お山が毘沙門天の兜に似ていると寺名になっという。洞窟の毘沙門天もお参りする。75番善通寺の南門前の喫茶店兼骨董屋は、和尚の高校の同級生。皆さんとコーヒータイムを楽しむ。車は駐車場に待機してもらい、金堂からお参り。本尊前で読経し、御影堂へ。御影堂前には名物の堅パン屋が。これはお勧めの品。76番金倉寺は智証大師円珍のご誕生所、乃木将軍妻返し松を解説する。お昼は門前の「香の香」、釜揚げうどんで列が出来る有名店。予約のお陰で奥の部屋で待つこと暫し。さすがのお味だ。77番道隆寺は、眼のお薬師様。門前の「サンエイ」は、最高の遍路の店、ご接待を受け、和尚は愛用の新「袈裟」を予約。予定を変更して五色台から。81番白峰寺は、干支の寺で皆に自分の干支のお堂を確認してお参りしてもらう。崇徳上皇の御廟でもある。82番根香寺は、川に流れた香木の香りにちなんだ寺名。香川県の名称のゆらいとも伝わる。1年を通じてカメラマンが集まる撮影スポットでもある。80番国分寺に下り、四国国分寺の中で一番の境内を歩む。大師堂と納経所が一体となっている。打ち止めは、79番天皇寺。17時前に無事終了。お宿は坂出グランドホテル。

19日(13日目)8時出発、78番郷照寺から結願の大窪寺まで。郷照寺は「厄除け大師」で名高いが一遍上人の時宗の寺。「千枚通し」も人気だ。83番一宮寺では「地獄の釜音」が聞ける。和尚は、護摩堂のお不動さんに必ずお参りすることにしている。84番屋島寺は、源平合戦の古戦場でもある。簑島明神の狸の夫婦が人気者だ。乳がん避けかおっぱいが触れてピカピカ。お昼はうどんの名店「山田屋」。予約より早かったが、受け入れてくれた。湯だめうどん、天麩羅、お稲荷さんのメニュー。85番八栗寺は、ケーブルで上る。BGMの「いろは歌」の練習はしていたので、合唱だ。聖天さんの方が本堂より立派に見える。86番志度寺から奥の院の地蔵寺に廻る。和尚の高野山大の加行仲間の栗峯住職に逢うためだ。客殿などが新築されていて、奉納された材木などで作られた床など見事なものだった。87番長尾寺は、静御前の剃髪寺。鏡餅の力自慢競技もマスコミ種だ。88番大窪寺に参る前に「ヘンロ交流サロン」に立ち寄よる。88番大窪寺では、納経所で希望者は「結願証」を受ける。無事、結願となり和尚としては一安心。最後の宿は、東急REIホテル。さぬきの旧知の先達が訪ねてくれ、絵文字で盛り上がる。

20日(14日目)今日は、伊丹空港まで送るのがミッション。先ずは、与島のサービスエリアで最後のお買い物タイム。何しろ一人7万円分の地域クーポンを支給されているので、逆に使うのに大変なのだ。ここは四国各県の名産が揃っている。一番人気は今治タオルの様だった。鷲羽山の展望台を訪ね、瀬戸大橋の撮影会。吉備SAでお弁当を積み込み、三木、名塩のSAで休憩して伊丹空港へ。ハロートラベル大阪の橋本社長のお出迎えで、搭乗手続き。コーヒータイムの後、和尚はお別れ。無事、完走でお疲れ様でした。合掌

後日のアンケートで、皆さん満足されていたようで、ホットしました。お礼に皆さんに和尚企画のオリジナルカレンダーをお送りしました。又、旭川でお会いします。

年の瀬の通し遍路や北の人


2020年12月15日火曜日

令和2年11月11日 西国7回 20~23番なんば発

 2台で、1号車は20名、和尚の2号車は18名、本来なら1台分だがコロナ対策で分割されている。20番吉峯寺の納経所は、個人納経の方が長い列を作っている。21番穴太寺を打って豆屋黒兵衛で買い物。昼食は、嵐山で自由食。和尚は清修庵で名物にしん蕎麦を。(1020円)15時過ぎ に22番総持寺到着。何と先行の1号車より早く着いたようだ。23番勝尾寺をゆっくり巡り、17時15分打ち止め。梅田経由なんば18時35分到着。お疲れ様です。

吉峯寺全山紅葉遊龍の松

2020年12月3日木曜日

令和2年11月8ー10日 四国逆打ち7,8回 45~35番 なんば発

 29名のお客様と3日間の旅,なんばから愛媛県を目指す。11時半豊浜SA到着、昼食をとって頂くが、自由食だ。ここでは乗務員に昼食の提供があると云うので、リストからカツカレーを選択。45番岩屋寺に14時15分到着、近くの古岩屋荘付近は、紅葉が見頃で多くのマイカーが集まっている。一番の難所とあって納め札とお賽銭を和尚に託す方も。44番大宝寺の門前近くに「おくま饅頭」がある。事前に、希望を聞い予約しておいて大正解。予約分で本日完売とか。(8個入りで1080円)本日は、難所の2ヶ寺で打ち止め。お宿のルナパークに18時15分着。道後温泉の楽しみ方はお伝えしていた。和尚は伊予かすりの店で、ハンチングを衝動買い。

くま高原紅葉愛でる車列かな

秋深しカラクリ時計道後の湯

11月9日 2ヶ目

7時半に出発し、1時間かかって43番明石寺に到着。境内の大銀杏の金色の吹雪に目を奪われる。高速に乗り42番佛木寺へ15分ほど。かっては山越えで1時間は要した。門前のコスモス畑と山門も素晴らしい。41番は、三間のお稲荷さんと呼ばれる龍光寺。門前の鳥居横の長命水は、女将と大阪の妹さんが和尚のバスのお客さんだったこともあり、親しくさせていただいている。ご挨拶に伺うと、急なお昼の予約でてんてこ舞いの最中。お参りの後、お客さんの買い物につきあうと、一六の栗タルトを用意してくれていた。季節限定品という。

40番観自在寺までさらに1時間半。平城天皇のお髪塚がある。又、弘法大師の六字名号の印板も名高い。大師堂の周りのお砂踏みをやって伊予の国とお別れ。昼食は、近くのサンパール。

39番延光寺へ向かう。海亀のご朱印を笈摺の背中に押してもらい鶴林寺の鶴とセットにする方も多い。打ち止めは38番金剛福寺。16時過ぎに到着し、美しく整備された境内をめぐる。そして、展望台より夕陽の鑑賞。足摺岬ならではの絶景だ。お宿はニューロイヤルホテル四万十。

秋夕日補陀落東門金剛福寺

11月10日  3日目   岩本寺、青龍寺、清滝寺をめぐる。岩本寺はご本尊が5体あるので、ご真言も順に唱える。道の駅かわうその里に立ち寄り、和尚はダバダ火振り(栗焼酎)、ミレービスケット、四万十ののりを購入。青龍寺のお参りのあとは三陽荘で昼食。清滝寺のお薬師像の台座の戒壇巡りで漆黒の闇を体験する。2回休憩して、梅田18時45分着。

お薬師の戒壇巡り秋遍路

令和2年11月3日 西国1回 生駒発

 20名のお客様と生駒を8時20分に出発。南高梅の中田食品に10時45分到着。ギャラリー梅園をお薦めしておいた。折々に展示替えがあり、いつも楽しみにしているのだ。コロナ禍とあって昼食は、道の駅すさみで自由食だ。那智山の麓のねぼけ堂で線香、蝋燭をpick upして那智の滝に14時過ぎの到着。記念写真もグループや個人でとなっている。いよいよ青岸渡寺へと石段を登る。有難いことに副住職の法話を頂いて,那智大社もお参りして下山。帰路も道の駅すさみや岸和田SAに立ち寄って生駒着20時半。ドライバーさんの頑張りで、想定より早く着きました。合掌

2020年10月21日水曜日

令和2年10月19~20日 四国逆打ち6回 生駒発和尚は

  •  今治から松山方面の10ヶ寺を廻るコース。客様は30名、7時50分にたのが生駒を出発するが、近畿道が渋滞、室津PAに着いたのが10時前。豊浜SAに12時頃着き、自由食の昼食。和尚はカツカレーでお腹を満たす。最初の55番南光坊に着いたのが14時。予定の4ヶ寺を廻るのは少し難しい感じだ。54番延命寺を打って、15時半。松山へ向けて海岸線を走りながら、あと2ヶ寺を廻る方策を検討する。添乗員は、 最悪の場合、タクシーを使う方法も了解を得たが、先ずは52番太山寺に泣いてみることに。17時を廻るかもしれぬとお願いしてみると、待ってくれるという。見どころの多い53番円明寺も安心してお参りし、ドライバーさんの頑張りで52番太山寺に17時前に到着できた。ゆっくりと御参りし、打ち止めは17時半。お宿は、道後温泉「ホテルルナパーク」。夕食のパターンは、相変わらずだが、和尚はこのパターンが大好きで、全く飽きない。鯛尽くしの夕食だ。夕食後は商店街を冷やかしに。馴染みの伊予かすりの専門店で、ハンチングの衝動買い。4400円也。コンビニで寝酒を買ってホテルへ。
  • 20日 朝食もコロナ対策で、バイキングは中止、テーブルにお膳が用意されている。昨夜、俳句を作り、俳句BOXに投函する。51番石手寺も俳句を募集しており、投ずると手首の念珠が頂ける。和尚も1句「石手寺や三郎の玉秋遍路」。棕櫚細工のご主人と久しぶりに握手。順調にお参りを重ね、打ち止めは12時。45分走って、昼食会場のリンリンパークへ。地域クーポン券の使いどころと、皆さん買いものに余念がない。和尚は、昼食の一品、きびなごの酢の物を作るべく、購入する。津田の松原、淡路HWOで休憩後、一気に生駒へ走る所だったが、近畿道の渋滞に遭遇し、東大阪PAでトイレ休憩。生駒着19時半ごろ。お疲れ様でした。
  • 久しぶりの1泊2日のお参り。和尚と3回目というお客様もいて、楽しい旅でした。ありがとうございました。合掌

令和2年10月13日 西国1回 天王寺発

 7時20分天王寺出発、三国ヶ丘を経て紀州に向かう。第1回は、青岸渡寺のみのお参り。お客様は、総勢32名。コロナ対策で人数制限されている。体温を測り、手指を消毒して車内へ。しかも、社内では食が禁止されている。梅干しの中田食品の梅酒コーナーも中止中。しかし、お勧めした「ギャラリー梅園」は大人気だった。昼食も、「ちかつゆ」での自由食。和尚はJAコープで、チラシずし。何と200円ほどの安さ。和尚は、檜のまな板を衝動買い。小ぶりで果物専用にするつもりだ。13時頃、麓の「ねぼけ堂」到着。線香と蝋燭をPICK UPしていよいよお参り開始だが、まずは那智の瀧へ。集合写真も中止していて、各グループごとの撮影となっている。轟々と水量の多い瀧は、秋雨前戦の雨量によるものとか。石段を上り、本堂へ。お勤めを終えると、副住職の法話。西国霊場で、このような法話を受ける機会は本当に少ない。有難いことです。打ち止めは15時20分。帰路は、海岸線を走り、須佐美、紀の川で休憩して、三国ヶ丘19時半ごろ、天王寺20時。ドライバーさんの頑張りで、想定より1時間早い帰着となりました。

 秋風や飛沫舞散る那智の瀧 (早稲田OBの句会で、選者から入選句とされました)

2020年7月10日金曜日

四国逆打ち4回 71~65番 天王寺発

令和2年7月7~8日

コロナ禍のせいで、遍路ツアーが中止となり、和尚も2月以来の先達となりました。3密を避けるため、阪急もいろいろな工夫を施していました。バスの定員も通常の半分の24名。乗車時には、体温を測り、手の消毒をし、マスク着用。社内でのお弁当も、マスクを外すことになるので中止。etc.今回は2台のバスに分乗してのお参り、和尚のバスは1号車、8時半に出発して71番弥谷寺を目指す。途中の津田の松原SAで、各自食事を摂ってもらうやり方、和尚はもちろん讃岐うどん。71番弥谷寺には12時半到着。猛烈な雨の中、寺のマイクロバスに20人、歩き組が4人。和尚は歩き組に付き添きそって登り始めたが、石段を下る雨が滝の様。「これこそ修行ですね」と喜ぶお客さん。和尚は通販で仕入れていた防水靴が威力を発揮、全く水を寄せ付けない優れもの。大師堂でマイクロ組と落ち合い、本堂まで。更に大師堂に戻り、入堂してのお勤め。納経所で聞けば、ようやく大阪からの参拝客は復活したが、関東方面はまだとのこと。弥谷寺を終えると、雨は少し落ちついてきた。70番本山寺の五重塔がスッキリ爽やかな姿を見せている。69番観音寺と68番神恵院は、同じ境内にある。添乗さんは同じ納経所で2ヶ寺分のご朱印を頂くは、我々は順にお参りだ。打ち止めは、67番大興寺。弘法大師ゆかりのカヤの木と大楠が迎えてくれる。天台と真言の両方の大師堂があるのも、両宗の道場であったからという。お宿は丸亀のオークラホテル、競艇場の目の前にある。食事も、教室のような席並びで対策を取っている。お風呂も18人の定員、移動はマスク着用だ。
8日 7時45分の出発。66番雲辺寺へ向かう。2号車は8時40分のロープウエイ、我々は9時の便に乗る予定だ。ところが、我々が追い付いてしまい同じ便で山頂へ。本堂と大師堂に分かれてお参り、事前に伝えてあったので、皆さんとペットボトルで霊水を頂く。順に「おたのみなす」で祈願してお勤め、9時40分の便で下山、65番三角寺へ向かう。ジャンボタクシーに乗り換えるのだが、いつもより山頂近くに合流地点がある。どういうことかと聞いてみると、3密を避けるため、お客様は1台4人に制限。そこでピストン輸送の時間を短縮する為、いつもより山頂近くに移動させたというのだ。天王寺~三国ヶ丘ルートの2号車に先行してもらい、我々はゆっくりお参り。お昼は、観音寺グランドホテル。大声を控えるため、食時作法も中止だ。鳴門西PA、淡路HWOで休憩して天王寺着17時前。弥谷寺以外は、雨もなく良いお参りとなりました。折角の逆打ち年が、コロナ禍でスケジュールがバタバタになっていますが、頑張ってお参りください。合掌

2020年4月9日木曜日

紀三井寺参拝

令和2年4月9日

非常事態宣言で、何もかも中止や延期が続くので、暇を持て余している状態。施福寺と紀三井寺を訪ねることにして、お弁当を作り出発。施福寺への道路工事が終わり、麓近くまで快適に走れるようになった。馴染みの槇尾山観光センターにご挨拶に立ち寄りと、4日から納経所はお休みとなっているというではないか。確かに参道にロープが張られ、その旨の表示があった。聞けば施福寺独自の措置で、紀三井寺や粉河寺は、通常の様だという。ペットボトルのお茶のご接待を頂いて、紀三井寺を目指す。紀の川PAでお弁当休憩。阪和道の和歌山南で降りて紀三井寺へ。拝観料を支払いに窓口に行くと、今は、紀三井寺が札所会の事務局を担っているので、その間は公認先達さんからは頂きませんと言う。ご厚意に甘えて、結縁坂を上る。お客さんと一緒の時は、気が張っているのかスイスイと登るのだが、一人だと息が上がる。境内は散り始めた桜で見事なものだ。桜前線の標準木に、11年連続で近畿の1番だったと掲示がある。今年は京都と同時だったとのこと。本堂に行くと、鐘の手綱やご本尊との結縁綱が巻き上げられている。感染症対策という。本来は、春の特別ご開帳の時期なので、申し込むと非常事態宣言を受けて中止ですとの返事。また、札所会の「日本巡礼の日」(4月15日)の散華配布も中止するとの掲示もあった。これは、札所会の発案で認められたもので、「良いご縁」の意から4月15日。松本明慶柞の十一面千手観音の巨大な立像を拝んで、下山。気が付くと山門の左手前に大きな閻魔大王の石像が鎮座されている。令和元年12月の建立とあるから、和尚は初のご対面だった。

2020年4月3日金曜日

三石山不動寺と粉河寺

令和2年4月2日

弟子の田川詠華尼の友人、佐藤妙泉尼が入山したという三石山不動寺を訪ねた。橋本市山田の山中にあり、弘法大師が21歳の時に草庵を結び勤行したと伝わっている。車はすれ違えないほどの山道を登り境内へ。弘法大師が水を求めて杖で掘ったという「不動の滝」が県の名水百選というので、詠華尼と登る。400mと表示があるが急坂で15分以上かかったが、流石でした。途中に「大威徳明王」と刻まれた大きな石が祀られている。本堂でご法楽し、茶菓のご接待を受けて、和尚は一人西国3番粉河寺へ走る。16時までだと思って、急ぎ足で駆けつけるが、17時までだった。境内の桜が満開で、花を目指して来た方もちらほら。ちなみに和尚の特任権中先達の納経軸も残り7ヶ寺となった。

2020年3月31日火曜日

西国18・19番 六角堂・革堂

令和2年3月30日

友人であり、お四国の公認先達でもある写真家・溝縁ひろしの写真展の案内を頂いたので、覗いてみることにした。ご案内とともに、「日本百観音霊場」の新書が送られてきた。約10年かけての力作である。写真は勿論、文も彼の筆で流石としか言いようがない。
コロナ騒ぎで、スケジュールが飛んでしまっているので、これ幸いという事か。京橋から京阪特急で祇園四条へ。西利の3階がギャラリーになっていた。昔の祇園の写真展であった。ある舞子さんの卒業から一人前になるまでを追ったシリーズ写真が気に入った。彼はマスク姿の私を撮影し、これも記念ですと。寺町から市役所の脇を抜け、19番革堂へ向かう。先日、西国曼荼羅のご詠歌札が揃ったので、その満願印を頂くためだ。さらに18番六角堂へ歩を進める。境内は、桜が満開だ。木屋町の高瀬川の桜も素晴らしかったが、ここを見事。ここまで歩いたのだからと京都駅まで歩くことに。すると東本願寺の桜に遭遇した。何のことはない、京都の花見を楽しんだ一日となった。

2020年3月24日火曜日

西国12回 32番観音正寺 33番華厳寺 なんば発

令和2年3月20日

なんば発7時50分にて27名のお客様と出発。菩提寺PAで休憩して麓の五個荘観光センターへ。10時12分に到着して、ここからピストン輸送のタクシーに分乗して観音正寺へ登る。山頂の駐車場からなだらかな参道を上ると境内にたどり着く。本堂には、松本明慶作の白檀の千手観音様が待っていて下さる。お会いするたびに、お顔が優しく微笑み深くなってくるのに、驚かされる。確かに、過去のお写真と見比べると、端正なお顔が優しく微笑んでいるように感じられる。全員揃っての勤行。センターを12時前に出発して昼食会場の関ケ原の花伊吹へ。遅めのお昼を頂いて、岐阜へ向かう。先ずは、トイレ休憩を兼ねて「谷汲あられの里」へ。新宿中村屋へも出荷しているという隠れ名店だ。華厳寺の駐車場から800mほどの参道を歩む。万願寺の華厳寺では、本堂、笈摺堂、満願堂と3ヶ所でお参りする。満願堂の周りには狸の石像が、溢れている。なぜ狸かと、聞いたことがある。「満願で他を抜きんじた」ということで「他を抜いた」狸だそうだ。その話をすると、皆さん納得だ。16時30分に打ち上げて帰路に。黒丸PAで休憩して、大阪桜橋着19時30分過ぎ。
天気にも恵まれて、良いお参りでした。合掌

満願の 谷汲山や 春一番 (お客様と一緒に作りました)

2020年3月13日金曜日

西国8回 24、25番+⁺花山院

令和2年3月12日

なんばから添乗、新型コロナ騒動の影響かお客様は14名。一気に25番播州清水寺に走る。高速道路の工事で渋滞したが2時間ほどでたどり着けた。大講堂、根本中堂、おかげの井戸を案内して、お菓子の里丹波、そして昼食会場の「ささやま玉水」へ。3月1日の時はお客様が一杯で、食時作法を遠慮せざるを得なかったが、今回は貸し切り状態で、事なきを得た。清水寺からお菓子の里丹波へのドライバーさんのコースは、丹波立杭焼の窯元が立ち並ぶ集落を抜けて、375号から176号を経てJR篠山口へ。地図で確認すると丹波伝統工芸公園・立杭陶の郷を通過したようだ。初めてのことで、窯元の多さにびっくりだ。14時前に花山院の麓に到着。タクシー2台のピストン輸送。法皇殿でお勤めし、本堂、幸せ七地蔵、ご廟と回り、展望台から有馬富士を眺める。
24番中山寺に向かう車中で、面白いことが。こんな時期にツアーに参加してくれた阪急からのお礼ということでジャンケン大会。玉水で添乗員がお菓子を物色していると思っていたが、ジャンケン大会の景品だった。4組に景品、外れた方には豆煎餅を。
15時半よりお参り開始。エスカレーターで本堂へ。五大尊から青龍塔、御影堂でお砂踏み、石棺まで案内して16時半集合で解散。羅漢堂や干支の塔頭寺院などのお参りをお勧めする。梅田経由なんば着17時30分。

春の空 青龍の塔 色青く